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短編「Swallow Tales」

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一羽のツバメが来ても夏にはならないし、
一日で夏になることもない。
このように、
一日もしくは短い時間で
人は幸福にも幸運にもなりはしない。
       アリストテレス詩集より







五月だというのに
季節外れの猛暑が到来した

まだ来ぬ梅雨を通り越して
湿り気のない暑さを凌いでいると
一羽のツバメが飛んで来た

わたしは恐る恐る
窓をほんの少しだけ開けてみる

彼は群れから離れて
一番乗りに飛来したけれど
この突然の暑さで
むしろ取り残された風に
目を円くしている姿に
愛らしさがあった

彼とははぐれ者﹅ ﹅ ﹅ ﹅同志と云ふべき__
ある種の仲間意識をくすぐる匂いがした

わたしは彼の愛嬌の中に潜んでいる
ほんの少しの哀愁を感じ
窓を開けて彼を部屋に招いた

彼と出会うまでのわたしは
硬い氷を敷き詰めたグラスみたいに
頑なまでに心が冷え切っていて
そんなわたしの鬱々うつうつとした生活に
彼は変化をもたらしてくれた

彼はわたしの部屋で巣づくりをはじめる

わたしは彼が創りだす丹念に形取られた
アートのような巣が出来上がるさまを
眺めているのが好きだった

彼がどこからかの甘い香りの花を咀嚼そしゃくして
その唾液だえきを少しづつ固めて創り上げる
その巣から放たれる芳香は
いつしかわたしの心を虜にしていった






彼が出掛けている間に
造りかけの巣に内緒で入ってみる

興味津々で巣の中に入ってみると
とても柔らかい風合いで
その温もりに包まれていると
鼻腔をもてあそぶ不思議な甘い香りが漂う

わたしが住む世界にある刺々しい感情から
全くといっていい程に切り離されて
胎児に還ったかのような安らぎに包まれる

ずっとこのままでいたい__

どれくらいの時間を過ごしていたのだろう

わたしが巣穴から顔を出すころには
彼は首をかしげるようにして
巣の外で待っていた

しばらく見つめ合い
どちらからともなく唇を重ね合わせる


わたしは初めて
彼とねやを共にした__

躰を重ね合わせて
彼の耳たぶを少しだけ噛んでみる

彼は尻尾を細かく震わせて
生温い吐息を漏らすように
低く呻くような悦びの嗚咽を発した

お互いの脈打つ鼓動を感じながら
幾度となく絶頂に達する

やがて賢者のように静まりかえった彼は
その翼の羽根の先で
わたしを優しく撫でてくれる

月明かりに照らされて
わたしの汗ばむ肌の細胞の一つひとつが
金糸をまとったように綺羅綺羅きらきらしてる

そんな心地良い微睡まどろみは
彼と共に深淵しんえんの闇に堕ちていくような
深い眠りへと意識は遠のいていく

彼とわたしの長く暑い夏__
性交渉は飽きることなくお互いを求め合い
幾度もいくども繰り返される日々がつづく

やがて
頑なだったわたしの心は
グラスの氷が融けるように
幸せに満たされて

そう__
現実の世界の住人になれた気がしたんだ






彼はいつものように
甘い香りの花咲く草原へと飛んでいく

彼を見送った遠くの空を見ると
どす黒く澱んだ暗雲が立ち込めていた
暗闇が空を覆い尽くし
雷光がけたたましく鳴り響く

突然__
とてつもなく大きな落雷が轟いた

漆黒の天鵞絨ビロードを真っ二つに裂くように
雷光が空に光の道の枝分かれをしならせる



その時
一羽のツバメの影が遥か彼方へと去っていく

刹那せつな
冷たいひょう交じりの雨が降り出して
地面に無数に叩きつける音が耳障りで
わたしの心は掻きむしられ
得も知れない悪寒を覚える

彼は忽然と姿をかき消すように
居なくなってしまった

全てを流すように
無情の雨が降りしきる

あの日以来__
彼は巣を完成させることなく
わたしの前に姿を現さなくなった






あれからずいぶんと時が経った__

とある街の古書店カフェで
わたしは読書に耽ろうと
アリストテレスの詩集を読む

元来は
独りの時間が好きな性質たちである
おひとりさま`````で居る方が気楽なのだけれど
それでも時折
彼が駆け抜けていった
長く暑い夏を想い出すことがある

その時
店内に一羽のツバメが迷い込んできた

ツバメはあまりにも場違いな所に行き着いて
戸惑うような素振りを見せて
慌てるように飛び去っていった

あの懐かしい香りを残して__


テーブルの上に置いた飲みかけのグラスの水が揺れている

時の流れと共に
頑なだったわたしの感情の砦は
取り払われていた

誰かのために流した一条の涙が
冷たい頬に温かく伝っていく

いつしか悲しみは
優しさに代わってゆくのだろうから








時間は、物事を砕く。すべては時間の力の下に成長し、時間の経過とともに忘れ去られる。

       アリストテレス詩集より

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