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帯に短し襷に話

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着物の帯に使用するにはやや短く、逆に襷たすきに使うにはやや長く、襷を掛けたときに長さが余ってしまう、みたいな話(ショートショート)。
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#ショートストーリー

『前髪に座る』

『前髪に座る』

幽霊になっても、背は縮む。

年を取って膝の軟骨がすり減り、ちょっとずつ小さくなるのとはわけが違う。身長178㎝・享年35歳だった私は、まだ四十九日も経っていないのに、今や全長7㎝ほどだ。

そろそろ、玄関の窪みすら越えられなくなる。このペースで小さくなっていくのなら、いずれキッチンを通り抜けるだけで、2ヶ月かかるようになってしまうだろう。

7歳下の妻は、30日目を過ぎた頃からバラエティー番組の

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『東京のハズレの家』

『東京のハズレの家』

ピンポーン

チャイムを聞きつけ、勢いよく玄関に駆け寄る。

勢い余って、ドア横に立てかけていた木製バットに足を引っかけた。
寄りかかるようにドアを押し開けると、友人Aが笑顔で立っている。

「なんだ…。」
「なんだとはなんだ。お前が呼んだんだろ。」
「最近、この辺りピンポンダッシュが多いからさ。もしかしたら、って…」
「ピンポンダッシュ捕まえたいんだったら、出てくるの遅すぎるよ。」
「…まぁ、入

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『初回の男』

『初回の男』

うちの会社に、「初回の男」がやってきた。

耐えた、一年乗り切った。
俺も今日から先輩だ。

誰もがなんとなく名前を聞いたことある、
そんな小さな家電量販店で、営業職を一年勤め上げた。

頭を下げ、ゴマを擦り、
指紋がなくなるほど手もみし続けた1年間。
何より辛かったのは「後輩がいなかったこと」だ。

野球部では球拾い。
演劇部では大道具。
高校でも大学でも、1年生の時はいつも使いっ走り。
本当に

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『日記を書いたあとの今日』

『日記を書いたあとの今日』

閉まったカーテンを見つめながら、鉛筆の先をいじる。
書くことがない。
今日は、何もなかった。

日記をつけ始めて10日目。
こうして書く内容に悩むのは、通算で9回目のこと。

10日前は筆が乗っていた。なんてったって初日である。

持て余した休日、何の気なしに入った占いの館で、
「人生のクライマックスが迫っている」と言われた。

粛々と実家暮らし、大学もオンライン授業で暇。
公私ともに「何もない生

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