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『初回の男』


うちの会社に、「初回の男」がやってきた。






耐えた、一年乗り切った。
俺も今日から先輩だ。

誰もがなんとなく名前を聞いたことある、
そんな小さな家電量販店で、営業職を一年勤め上げた。

頭を下げ、ゴマを擦り、
指紋がなくなるほど手もみし続けた1年間。
何より辛かったのは「後輩がいなかったこと」だ。

野球部では球拾い。
演劇部では大道具。
高校でも大学でも、1年生の時はいつも使いっ走り。
本当に楽しくなるのは2年目からである。

4月1日。
今日うちの部に、新入社員がやってくる。
これからは小さな雑務を下に押しつければ良い。
ようやく、俺の楽しい社会人生活が始まろうとしている。

向かいの席。同僚2人が、朝から大声で話している。

「いや〜我々、弱小の家電量販店にも、
まだ入社してくれる新人さんがいるんだね〜。
でも経営はピンチ真っ只中。もしかしたら、
最後の新入社員かもしれないよ」

会話にしては、随分と丁寧な現状説明をする男だ。
アニメの第一話じゃないんだから。

「でも、どうやらかなり偏差値の低い、
三流の大学出身らしいっすよ。
期待しない方が良いと思いますぜ〜」

「思いますぜ〜」って。なんだその喋り方。
わざとらしい口調。漫画のキャラじゃあるまいし。

ガチャン
ドアが開く。

部長が、親子ほど歳の離れた若者を連れて入ってきた。

松葉杖で、左足を引きづっている。
初日から?骨折してんの?すごいインパクトだな。

「え~、今日から配属となる、新人の早乙女くんです」
「よろしくお願いいたします!」

なんともカッコいい苗字。
「らんま1/2」早乙女乱馬を思い出す。

「自分は、この会社を、ひっくり返しに来ました!」

ざわつく社員たち。なんとまぁ、
この新人は、いきなり凄いことを言い出す。

「今はまだパッとしないこの会社を、
一年で、世界一にしてみせます!」

営業の一社員が?たった1年間で?
なんとも肝が座っているというか。
「日曜劇場」の初回のような挨拶だ。
苗字も、言葉も、主人公然としている。

なんだか、彼の言動も、うちの社内も、
さっきから全部、なにかしらの「初回」みたいだ。
この新人のせいかな。
嵐のようにやってきた、主人公みたいな男。

「ちなみに、苗字で感づいた人もいるかもしれないが…
彼は業界トップの【サオトメ電機】の社長の一人息子でね…。
色々とワケあって、ウチに就職することになった。」

ほら、ライバル会社の跡継ぎじゃん。
初回で明かされる、主人公の設定のやつじゃん。

「あと、受付のまどかちゃんとは幼馴染なんだって?」
「はい、そうなんです…ほんとに偶然で…」

恋の予感させてるじゃん。初回じゃん。

「それと、早乙女くんのこの左足のことだが…」
「あ、部長、その話に関しては内密に…」

いま伏線張ったじゃん。初回じゃん。
なに?俺が知らないだけで、今日って「初回」なの?

思い返せば、「偏差値の低い三流大学出身」も、
立派な初回のキャラ付けじゃないか。
どうせ学力じゃなく、IQとかが異常に高いやつでしょ?

なんてことだ。
うちの会社に、「初回の男」がやってきた。

「ははっ!ずいぶんと威勢がいいけど、
すぐに辞めたりして、ガッカリさせないでくれよ~?
世界一の新人クン!w」

ビックリした。俺の声だった。
気付いたら、俺が、嫌味なセリフを口走っている。

なんで?

「はい!必ず、この会社を世界一にします!」
「どうだかね~。そのやる気、いつまで続くのやら」

また俺だ。「続くのやら」だってさ。
なぜか言葉が止められない。慌てて口を抑える。
これじゃまるで、
主人公の有能さの証明のために初回で成敗される、
「不正まみれの悪徳社員」みたいじゃないか。

「ちょうどいい、早乙女、細かい仕事はあいつから教えてもらいなさい。」

意地悪な部長のせいで、「初回男」の教育係に任命されてしまう。 

平穏が訪れるとばかり思っていた俺の2年目は、
波乱の幕開けとなりそうだ。

「先輩、今日からよろしくお願いします。」
「王陵晴夫です。よろしく。」

絶対に最終回まで乗り切ってやる。



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