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Google闘争と労働組合の未来

 人員削減にあった時、アメリカは解雇が通告された瞬間それでお終いです。ヨーロッパでは、まず労働組合に会社が解雇者に対する支援プランを交渉し、さらに地域での説明なども会社が行わなければなりません。納得ができる支援プランを労組に決定できる権利があり、組織率が低くてもその影響力は強いものです。その後志願制で労働者側も人員削減に応じるので、プロセス通り進めれば年内には終わる事です。日本の場合は解雇を通告されても、ありとあらゆる手段を講じれば時間を稼ぐ事ができます。その間にしっかり準備をして法廷闘争も辞さない覚悟でやれば、復職できる事も全く夢物語ではないです。ですが、大半の人はそこまでやる気力が湧かないのも事実です。収入は当然途絶えるのだから、生活費の支援は労組がやるべきですし、得た和解金などいくらか手数料は頂戴しても成功報酬なんか労働組合は求めてはいけないのです。
 なので正直東京管理職ユニオンというより、委員長を勤めるS氏に対してあまりいい感情を持っていませんでした。テレビやマスコミのカメラ映りばかり気にして、実績はさっぱり。正社員と非正規雇用の対立を煽るばかりの労働運動はかなり食傷気味でした。もちろん全国ユニオンの労働運動は全否定されるものではなく、地域によっては一定数の成果を上げているケースが数多くあり、産別としても地区労復活こそ、労働運動復活の鍵でありグローバル企業に対する組織化も積極的に仕掛けていきたいところでした。Amazonの組織化は一時連合傘下の産別も本気で取り組んで行こうとしましたが、オルグは成果を上げる事はできませんでした。これはどこのナショナルセンターでも同じような手法をとっていますが、少数精鋭の労働運動は間違いなく失敗します。少しずつでも組織拡大を目指すべきであり、誰かが上手い例え方をしましたが、基本的に賽の河原で石を積むような運動こそが結局組織を強くするのです。かつてはそうでしたが、既存労組の運動に慣れすぎた私達は新労組立ち上げには経験がほとんどなく、ましてや世界に名高いグローバル企業の社員がそもそも労働運動なんか興味を持つのか?という懸念は皆持っていたと思います。
 昨年想像以上の労働運動史に残る大事件が起きました。Googleの親会社Alphabetで12000人のレイオフが決定。これは全社員数の6%に当たる超巨大リストラです。前述の通り本社のあるアメリカやプロセス通りに進行したヨーロッパではこの件は片づいています。日本のGoogle労働組合は、相手に拒否されていますが団交継続中です。Google Japan Unionは私達の常識を覆すような特殊な労働運動を遂行中でした。

AWUの誕生

 日本の事を考える前にまず一昨年に立ちあがった Alphabet  Werckers Unionについて知る必要があります。この略称AWUは福利厚生抜群のGoogle社員の労働相談は当然取り組むのですが、それだけではなく経営陣に倫理性と社会性を持たせるというおよそ普通の労組では考えつかないような一文が設立理由に書かれていました。エリートの労働運動ごっこという人もいました。自分もほとんど労働経験がないのに労働者は額に汗を流してというくせに。というのは私の周りにいるごく一部の人ですが、実際Googleなんかテレビでよく見る豪華なオフィスの日本法人も英語が公用語になっている何処か御伽噺のような会社だと思っていました。しかしGoogleも企業。御伽噺ではなく、何かリスクを抱えると経費を削り始めるのはグローバル企業も零細企業も例外なく一緒で、Googleの場合はかなり極端な方法を採用しました。先述したレイオフ騒動であり、日本のGoogle Japan Unionはそのレイオフ以降に結成されたので、世界の運動体から見れば一歩遅れた運動になりました。それ以降のAWUはまさに解雇を賭けて闘争中なので、私達よりずっと戦闘的なのですが、その戦闘スタイルもかなり今まで違ったものでした。

Google Japan Unionの闘争

 Googleの日本法人にも退職パッケージと称するメールが社内に流されたのは皮肉にも労組結成のその日でした。その退職パッケージは相当豪華な内容で日本の会社が全てこうであるなら、確かに退職代行会社にわざわざ労働組合を作る手間はいらないでしょう。狡猾なメールでこのメールだけなら、強引な退職推奨にも思えますがメール内に退職の「た」の字も使っていないため合法です。ですがこれにサインしなさいという内容のメールも毎日届いたそうです。実質指名解雇のようなもの。東京管理職ユニオン側の主張もまた的を射たものでした。現在Google Japan Unionの委員長である橋本良氏はまず会社のメーリングリストで労働法について学ぼうとGoogleが世界規模のレイオフが行われた報道があってから行動を起こしました。正直メーリングリストという言葉は知らなかったのですがGoogleでは同好会などを結成するときに複数の人に同じメールを送信できる仕組みになっていたそうです。私はITのことは全く分からず、多分その点については単語もよく分からないですが会社に察知される事を警戒した橋本委員長はLinkedInというアプリで労働組合を紹介してもらい、Discordというアプリで世界中のGoogle労働組合の役員や組合員だけが入れる状態にしたそうです。これは何度も教えてもらってもほとんど意味が分からないのですが、Google従業員はこうした事はお手のもの。社外のアプリを使って組合結成まで着々と準備を進めました。
 最初の団体交渉ではGoogle日本法人側は7人出してきましたが、Google Japan Unionは弁護士含めた全組合員80名で団交に臨みました。まず数の力を見せつける。これはある種団交の古の手法です。新しい技術も必要ですが、人間同士の交渉では今も昔も何が有効なのかは同じです。それ以降Google側は団交を拒否しました。ですが、組合員なら解雇はしないという約束を取りつけました。これは世界中のGoogle労働組合にとっても衝撃的な話で特にアメリカでは会社がクビと言ったらなすすべがなくなりますが、日本の労働運動は仕事の質を落とされても働き続けることは可能です。そして不当に低い取り扱いをしたら再び団交ができるのです。Googleの日本法人と韓国法人は同じマネージャーが労務を担当していました。欧米の管理職は自分が人事権を持っているので他所からきた組合がなんで口を出すんだ!と激昂した事もあったそうです。多分アメリカ本社で結果を残し満を持して日本法人の人事マネージャーになったと思いますが、日本とアメリカでは労働法規が違うという事を何も知らないで団交を臨んだのでしょう。人事を外注するような企業です。団交なんてやった事がなかったのでしょう。それに対して対策もしない。東京管理職ユニオンは「労務管理が異常に下手」と評価していますが、これには同意です。テレビやインターネットで作られたGoogle像は全てGoogleという権威がなければ成り立たないものでした。

労働組合の未来に必要なもの

 このGoogle Japan Unionは外国人が9割の日本の単組としてかなり珍しいものです。彼らのほとんどはいわゆる高度専門人材です。Google元社員の肩書きあれば世界中どこでも引っ張りだこと言えない事情もあります。そもそもテック企業はコロナ禍において人材採用を積極的に行いましたが、そもそも自社で全て完結するものではなく多くの関連企業と下請けで成り立っており、当然Googleを辞めればそれらの関連会社に採用される可能性は高いですが、間違いなく給料水準は下がります。そして高度専門職人材で入社する場合はビザにも当然影響があり、永住権を目指す人にとっては死活問題です。労働組合を作って団交しようとの行動で日本人の従業員はほとんど退職パッケージに合意して会社を去りました。皮肉な話です。外資であろうが日本の労働法規は必ず守ってもらうべきであり、アメリカが本社でも別に労働者性までアメリカナイズにする必要はないのです。そして労働運動にデジタルを掛け合わせた新しい運動ですが、それもまた壁があったようです。チャットなどで組合員とやり取りしていますが、重要な決定を行う場合は対面で行ったそうです。チャットだと喋りたい人が喋っていて本当に悩みを抱えている人の相談はいつのまにか遠ざかってしまう。そして白人の中堅社員はとにかく集会でも自分の主張はキッチリいつまでも言いますが、アジア系の社員はそう言った場では押し黙ってしまう。これは本当に難しい問題です。東京管理職ユニオンの神部紅書記長は「自分も書記長で、悪意なくても権威に感じる人がいるのかもしれない。組合員のケアはしっかり対面で行わないと組織はすぐに弱ってしまう」という主旨の発言がありました。組合役員の力量が問われる場面です。昭和の組織の立ち上げは、オルグが見定めた人は大体人望に厚く、組合員もその人のためなら協力を惜しまないという一種のカリスマ性で組織を立ち上げていた場面もありましたが、現在では人材不足。ただ対面がどのような産業でも重要である事は伝統的な手法も全否定されるものではなく、常に新しい運動とどういう形で掛け合わせて有効な武器にしていくのか問われる事になると思います。
 「現在のグローバル企業は国家規模の大きさを持つが彼らが国を建国したとき権威主義体制になるだろう」欧米の学者はバッサリGoogleを批判しています。昔はテレビや新聞、ラジオで情報をコントロールしてきましたが、テック産業はインターネットでプロパガンダを行います。Google日本法人の話を聞くと、結果としてアメリカ本社ありきの仕事しか回って来ず、その上下関係は間違いなくあるという事をとある情報源から得ました。プーチンの国もモスクワだけなら非常に綺麗でしょう。北朝鮮も見れば、ピョンヤンは華やかな大都市です。ただこの国は実態はよくよく報道されているはずです。Googleも同じでした。綺麗な場所だけを映せばそれは桃源郷です。実際、こうしたことが明るみに出る前は国際運輸労連でも活動した私の大先輩が「Googleは国際労働運動の目指す指針」というような事をよくおっしゃっていました。現状を見る前に亡くなられました。それはよかったと思います。国際労働運動家が晩年信じた社会正義に熱心な企業が独裁国家並みの権威主義だったなんかジョークにしても笑えません。
 こうしたエリートには抜群の報酬が約束され、労働運動なんか必要ないと思われていました。現場と総合職はどうしても対立しがちです。ブルーカラーとホワイトカラーが連帯して強力な労働組合を作るという作業は思いの外細かいコミュニケーションが必要になるのです。日本の労働組合の組織率低下は、既存に存在する事、役員が結局持ち回りのこと、産別の役員なのに未だ単組の委員長を兼任する事、細かい組合員のケアを怠った事、小さな内輪だけの執行部しか作れなかった事、全てです。課題はようやく全容が見えてきました。後はどう解決していくのか?ロバート・オーウェンが目指した労働者の理想郷に終点はありません。闘い続ける事こそが階級闘争に勝つのではなく、生きていける証明になるのです。


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