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ゼリー

※一部過激な表現が含まれます。性犯罪被害の経験がある方は、フラッシュバックを引き起こす危険性があります。
ご了承の上閲覧下さい。

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私の体には十二三歳の内に多量に分泌されたホルモンにより増殖した触神経が微細に巡っていた。

それは、剥き出しの型抜き葡萄ゼリーに素手で触れるのに似ていた。
床の中、一人でゼリーを容器から出してみる。つるんとした表面、それを傷つけないように触れるだけで全体が大袈裟に揺れ、微震がいつまでも治まらない。
微震が治まった後でも、表面には指紋が残っていて、消えない。指を立てれば葡萄ゼリーは崩れる。

葡萄ゼリーは着慣れない紺の制服の下にあった。

満員電車の中、がさつな手が制服の下に無遠慮に押し入り、型から抜いたばかりの葡萄ゼリーの表面はざらざらとした深い指紋で撫で回された。ゼリーの表面は指紋に削り取られ、指の熱でぐちゃついた。触れられた葡萄ゼリーは崩れんばかりに揺れ震え、それを意思で如何とする方法はなかった。
冷やしてもゼリーの形状は戻りはしない。帰宅しシャワーを浴びて、何もなかった振りをしゼリーに目を向けると、指紋がいくつもクッキリと付いている。指についていた汚れもゼリーの表面は吸着してしまった。

どうすれば元に戻るだろう。がさつな手の持ち主達に、相応の報復をすれば、表面がぐちゃついてしまった葡萄ゼリーは元に戻るだろうか。
私は電車内で痴漢を罵り、なじり、見せしめる努力をした。しかし、押し寿司の米のように歪められた体制で数センチしか体を動かせない電車の中、それをするには明らかに痴漢行為をしたという確証が必要であり、一見それとわからない痴漢行為がエスカレートするまで、葡萄ゼリーの表面を黙って撫でさせるしかないのだ。エスカレートを待機する間にもゼリーは撫でられ、触れられた。金も取らず、黙ってゼリーを差し出す無価値な女のような錯覚に陥った。そして痴漢への罵りが成功したのは数パーセントにすぎない。そんなことの為に、型から抜いたばかりで完全な形をしていたゼリーは、恋した人でもなく自分に恋をしたわけでもなく、その数秒前に出逢ったばかりの汚いのかどうかさえもわからない男達の手で握り潰され熱で溶け、甘くぬるいピューレになった。

何も感じたくなかった。気持ち悪いだけで、嫌悪だけならよかった。葡萄ゼリーに触れて震わせない術がないように、触神経が普段触れられない部分の生き物の手の感触に反応し、体が泣き出す。神経は感情と繋がっている。嫌悪しながら悦ぶ。感情を捻じ曲げられるようだ。例えば娘が死んで悲しいのに、嬉しいような狂気。自分の内部が捻じ曲げられる。

私は、憎んだ。人を。自分の中の美しい葡萄ゼリーを握り潰した「人」という生き物を。

相談してら薄ら笑いを浮かべた親をに対し、私は確信した。私立中学を受験が親が私のためを思った行為だという欺瞞を。親の自己満足を。生れてから感じていた恩の無意味を。私が感じていた苦しみの正統性を。

私は、憎んだ。親を。制服を規定つけた学校を。満員電車時間帯に遅刻せずに学校へ来いという教師を。ミニスカートのクラスメイトを。ゼリーを握りつぶした世代の人間にバブルを与えていた世の中を。
ゼリーが握り潰されたせいだと思うことすら汚らわしかったので、この世界の全ての汚点に於いて、大人たちを憎んだ。

市営地下鉄の何十人もの痴漢一人一人が、幸福な家庭を築くのを待ち、素晴らしい娘が中学生になった時、汚らしい不男に蹂躙され子を産むよう未来に呪いをかけた。

こんなにいっぱいいるんだから、死ね。死ね。死ね。いらない。地球を汚す。美しい景色を汚す。臭い。汚い。死ね。死ね。死ね。知能の低い言葉を吐く、うるさい。死ね、死ね、死ね。


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お読みいただきありがとうございます。

これは、私の未完の小説の書き出しです。実体験を元にしています。

大切に仕舞っておいても、いつ日の目をみるかわからないので取り出してきました。

みんながいるから…

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