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『学問のすすめ』第十四編「心事の棚卸し」を現代語訳:これが本当の福沢諭吉のメッセージ

心に刺さったので、勢いで記事にしました。

十四編
心事の棚卸し
 人の世を渡る有様を見るに、心に思うよりも案外に悪をなし、心に思うよりも案外に愚を働き、心に企つるよりも案外に功を成さざるものなり。いかなる悪人にても、生涯の間勉強して悪事のみをなさんと思う者はなけれども、物に当たり事に接して、ふと悪念を生じ、わが身みずから悪と知りながら、いろいろに身勝手なる説をつけて、しいてみずから慰むる者あり。またあるいは物事に当たりて行なうときはけっしてこれを悪事と思わず、毫も心に恥ずるところなきのみならず、一心一向に善きことと信じて、他人の異見などあれば、かえってこれを怒り、これを怨むほどにありしことにても、年月を経て後に考うれば、大いにわが不行届きにて心に恥じ入ることあり。
 また人の性に智愚強弱の別ありといえども、みずから禽獣の智恵にも叶かなわぬと思う者はあるべからず。世の中にあるさまざまの仕事を見分けて、この事なれば自分の手にも叶うことと思い、自分相応にこれを引き受くることなれども、その事を行なうの間に、思いのほかに失策多くして最初の目的を誤り、世間にも笑われ、自分にも後悔すること多し。世に功業を企てて誤る者を傍観すれば、実に捧腹にも堪えざるほどの愚を働きたるように見ゆれども、そのこれを企てたる人は必ずしもさまで愚なるにあらず、よくその情実を尋ぬれば、また尤もなる次第あるものなり。畢竟世の事変は活物にて容易にその機変を前知すべからず。これがために智者といえども案外に愚を働くもの多し。

福沢諭吉『学問のすすめ』

 人々が生きていく中での行動や選択を見ていると、自分が思っているよりはるかに意図せずに問題を引き起こしたり、自分の考えていたよりも間違った判断を下したり、計画していたことが上手くいかないことが多い。たとえば、どんなに不正直な人でも、一生懸命に悪事ばかりを犯そうと思って行動する人は少ない。しかし、何かの状況や出来事に直面したときに、突然の悪い考えが浮かび、自分が間違っていることを認めつつも、さまざまな理由をつけて自分を正当化する人もいる。また、何か行動を起こすときにそれが間違っているとは思わず、全く罪悪感を感じていないどころか、自分が正しいと信じて他人の異論を激しく否定することもあるが、時が経てば自分の過ちを痛感することもある。

 人それぞれに能力や知識、強さや弱さがある。だが、自分は動物以下だと感じることは適切ではない。さまざまな仕事や課題を見て、自分にもできると感じて取り組むことはある。しかし、実際に行動に移す中で、思ったより失敗することも多く、最初の目的から外れてしまい、他人に笑われることも、自分自身で後悔することもある。何かを計画して失敗する人を見ると、その失敗がとても愚かに見えることもあるが、計画をした本人は決して愚かではなく、その背景や理由を知れば納得できることも多い。結局、世の中の出来事は予測が難しく、どんな賢者でも思わぬミスをすることがある。

 また人の企ては常に大なるものにて、事の難易大小と時日の長短とを比較することはなはだ難し。フランキリン言えることあり、「十分と思いし時も事に当たれば必ず足らざるを覚ゆるものなり」と。この言まことに然り。大工に普請を言いつけ、仕立屋に衣服を注文して、十に八、九は必ずその日限を誤らざる者なし。こは大工・仕立屋のことさらに企てたる不埒にあらず。そのはじめに仕事と時日とを精密に比較せざりしより、はからずも違約に立ち至りたるのみ。さて世間の人は大工・仕立屋に向かいて違約を責むることは珍しからず、これを責むるにまた理屈なきにあらず。大工・仕立屋は常に恐れ入り、旦那はよく道理のわかりたる人物のように見ゆれども、その旦那なる者がみずから自分の請け合いたる仕事につき、はたして日限のとおりに成したることあるや。
 田舎の書生、国を出ずるときは、難苦を嘗めて三年のうちに成業とみずから期したる者、よくその心の約束を践みたるや。無理な才覚をして渇望したる原書を求め、三ヵ月の間にこれを読み終わらんと約したる者、はたしてよくその約のごとくしたるや。有志の士君子「某が政府に出ずれば、この事務もかくのごとく処し、かの改革もかくのごとく処し、半年の間に政府の面目を改むべし」とて、再三建白のうえようやく本望を達して出仕の後、はたしてその前日の心事に背そむかざるや。貧書生が「われに万両の金あれば、明日より日本国中の門並みに学校を設けて家に不学の輩なからしめん」と言う者を、今日良縁によりて三井・鴻ノ池の養子たらしむることあらば、はたしてその言のごとくなるべきや。この類の夢想を計れば枚挙に遑あらず。みな事の難易と時の長短とを比較せずして、時を計ること寛に過ぎ、事を視ること易に過ぎたる罪なり。

福沢諭吉『学問のすすめ』

 また、人々の計画や野望はたいてい大きなもの。事の難しさや時間の長さを正確に計るのは本当に難しい。フランクリンの言葉に、「十分と思った時間は、実際にやってみると足りない」というものがある。これは本当にその通りだ。たとえば、大工に家の工事を頼んだり、洋服屋に服をオーダーしたりすると、大体の場合、納期に遅れることが多い。しかし、これは彼らが意図的に遅らせているわけではない。初めの見積もりで作業の量と時間を正確に計れなかったからだ。一方で、多くの人々は納期違反をしてしまう大工や洋服屋を批判する。それもまた一理ある。だが、そう批判する人々自身が自らの仕事や約束を守っているかと言うと、それは疑問だ。

 例えば、田舎の学生が都会に出てきて、3年以内に大成すると自分自身に誓ったとして、本当にその誓いを守れているだろうか?あるいは、難しい本を手に入れて、3ヵ月で読み終えると決めたとして、本当にその約束を守れているだろうか?ある人が政府に入って、半年で大きな改革を実現すると公言したとして、実際にはどうだろう?そして、貧しい学生がもし大金を持って、「日本中に学校を作る」と言ったとして、本当にそれが実現するのだろうか?

 このような大きな野望や夢は数え切れないほどある。しかし、その多くは事の難しさや時間の長さを適切に計ることができていない。結果として、時間の見積もりが甘く、事の難しさを過小評価してしまうのが一般的だ。

 また世間に事を企つる人の言を聞くに、「生涯のうち」または「十年のうちにこれを成す」と言う者はもっとも多く、「三年のうち」、「一年のうちに」と言う者はやや少なく、「一月のうち」、あるいは「今日この事を企てて今まさにこれを行なう」と言う者はほとんどまれにして、「十年前に企てたることを今すでに成したり」と言うがごときは余輩いまだその人を見ず。かくのごとく、期限の長き未来を言うときにはたいそうなることを企つるようなれども、その期限ようやく近くして今月今日と迫るに従いて、明らかにその企ての次第を述ぶること能わざるは、畢竟ことを企つるに当たりて時日の長短を勘定に入れざるより生ずる不都合なり。
 右所論のごとく、人生の有様は徳義のことにつきても思いのほかに悪事をなし、智恵のことにつきても思いのほかに愚を働き、思いのほかに事業を遂げざるものなり。この不都合を防ぐの方便はさまざまなれども、今ここに人のあまり心づかざる一ヵ条あり。その箇条とはなんぞや。事業の成否得失につき、ときどき自分の胸中に差引きの勘定を立つることなり。商売にて言えば棚卸しの総勘定のごときものこれなり。
 およそ商売において、最初より損亡を企つる者あるべからず。まず自分の才力と元金とを顧み、世間の景気を察して事を始め、千状万態の変に応じて、あるいは当たりあるいは外れ、この仕入れに損を蒙りかの売捌きに益を取り、一年または一ヵ月の終わりに総勘定をなすときは、あるいは見込みのとおりに行なわれたることもあり、あるいは大いに相違したることもあり、またあるいは売買繁劇の際にこの品につきては必ず益あることなりと思いしものも、棚卸しにできたる損益平均の表を見れば案に相違して損亡なることあり。あるいは仕入れのときは品物不足と思いしものも、棚卸しのときに残品を見れば、売捌きに案外の時日を費やして、その仕入れかえって多きに過ぎたるものもあり。ゆえに商売に一大緊要なるは平日の帳合いを精密にして、棚卸しの期を誤らざるの一事なり。

福沢諭吉『学問のすすめ』

 よく、人々が「一生のうちに」「10年で」という大きな計画を立てることを聞くが、実際に「3年で」「1年で」という短期間で計画を実行しようという人は少ない。「1ヶ月で」「今すぐ」行動すると言う人は珍しく、実際に10年前に計画して今日までに達成したという例は私も知らない。大きな計画を立てるとき、期間が長いと盛大な計画を立てやすい。しかし、その期日が近づいてくると、実際にはその計画を詳細に説明することが難しくなる。これは、計画を立てる際に期間を正確に見積もらないことからくる問題だ。

 実際、人生では予期しないことがたくさん起こる。意外と簡単に間違った選択をしたり、計画どおりに進まないことが多い。そうした問題を避けるための方法はいくつかあるが、ここで提案したいのは定期的な自己評価だ。商売で言うと、定期的な棚卸しのようなもの。

 商売を始めるとき、初めからリスクを完全に避けることはできない。まず自分の能力や資金を考慮し、市場の動向を理解してからスタートする。ビジネスの過程で起こるさまざまな出来事に応じて、利益を上げたり損失を出したりする。そして、一定の期間が経過した後、全体の収支を確認する。その結果、事前の予想と異なる場合も多い。商品の売れ行きや需要の予測も、実際の状況に応じて調整が必要だ。だから、日常の取引をきちんと記録し、定期的な棚卸しを欠かさないことが商売の成功の鍵だ。

 他の人事もまたかくのごとし。人間生々の商売は十歳前後人心のできし時よりはじめたるものなれば、平生、智徳事業の帳合いを精密にして、勉めて損亡を引き受けざるように心がけざるべからず。「過ぐる十年の間には何を損し何を益したるや。現今はなんらの商売をなしてその繁盛の有様はいかなるや。今は何品を仕入れていずれの時いずれのところに売り捌くつもりなるや。年来心の店の取締りは行き届きて遊冶懶惰など名のる召使のために穴を明けられたることはなきや。来年も同様の商売にて慥かなる見込みあるべきや。もはや別に智徳を益すべき工夫もなきや」と、諸帳面を点検して棚卸しの総勘定をなすことあらば、過去現在、身の行状につき必ず不都合なることも多かるべし。その一、二を挙ぐれば、「貧は士の常、尽忠報国」などとて、みだりに百姓の米を食い潰して得意の色をなし、今日に至りて事実に困る者は、舶来の小銃あるを知らずして刀剣を仕入れ、一時の利を得て、残品に後悔するがごとし。和漢の古書のみを研究して西洋日新の学を顧みず、古を信じて疑わざりし者は、過ぎたる夏の景気を忘れずして冬の差入りに蚊帷を買い込むがごとし。青年の書生いまだ学問も熟せずしてにわかに小官を求め、一生の間、等外に徘徊するは、半ば仕立てたる衣服を質に入れて流すがごとし。地理、歴史の初歩をも知らず、日用の手紙を書くこともむずかしくして、みだりに高尚の書を読まんとし、開巻五、六葉を見てまた他の書を求むるは、元手なしに商売をはじめて日に業を変ずるがごとし、和漢洋の書を読めども天下国家の形勢を知らず一身一家の生計にも苦しむ者は、算盤を持たずして万屋よろずやの商売をなすがごとし。
 天下を治むるを知りて身を修むるを知らざる者は、隣家の帳合いに助言して自家に盗賊の入るを知らざるがごとし。口に流行の日新を唱えて心に見るところなくわが一身の何ものたるをも考えざる者は、売品の名を知りて値段を知らざるもののごとし。これらの不都合は現に今の世に珍しからず。その原因は、ただ流れ渡りにこの世を渡りて、かつてその身の有様に注意することなく、生来今日に至るまでわが身は何事をなしたるや。今は何事をなせるや。今後は何事をなすべきや」と、みずからその身を点検せざるの罪なり。ゆえにいわく、商売の有様を明らかにして後日の見込みを定むるものは帳面の総勘定なり、一身の有様を明らかにして後日の方向を立つるものは智徳事業の棚卸しなり。

福沢諭吉『学問のすすめ』

 我々の日常も商売と同じで、人としての基本的な価値観や考え方は幼少期から形成される。そのため、普段から自分の行動や価値観をきちんとチェックし、失敗を避けるよう努力する必要がある。「過去10年でどんな失敗や成功があったか?今の生活や仕事は順調か?今後の計画や目標は何か?」といったことを定期的に振り返ることで、自分の生き方や過去の行動に関する問題点を見つけ出すことができる。例えば、「尽忠報国」と称して、軽々しく他人の資源を利用し、結果として困難に直面する人は、適切な情報を持たずに投資をすることのリスクを感じる。あるいは、伝統的な知識のみに固執して新しい知識や技術を学ぶことを怠る人は、時代遅れの商品を購入するリスクを犯す。このような行動は、短期的な利益を追求し、長期的な結果を顧みない行動の例と言える。自分の知識や技術を十分に磨かずに高い地位や役職を求める人、基本的な知識も持たずに高尚な本を読もうとする人、これらの人々は、資本や基盤がないのに事業を始めることの危険性を体現している。

 世の中を良くしようと思うのは良いが、自分自身を改善することを忘れてはならない。他人の問題にアドバイスをする一方で、自分の問題に気づかないことは、隣人の家計を管理しながら自分の家が危険にさらされていることに気づかないのと同じだ。これらの問題は今の世の中にも多い。その原因は、日々の生活をただ流れるままに過ごし、自分自身の現状や未来について真剣に考えることをしないからだ。要するに、商売で成功するためには、現状の把握と将来の計画が必要で、人生を良くするためには、自己評価と将来の方向性の確認が必要だ。

『学問のすすめ』は、大好きな本の一冊です。定期的に読み返したり、オーディオブックを聴いたりしています。改めて読み返し、現代でも通じる、むしろ今の私に向けて書かれたのではないかと感じました。

需要があるようでしたら、全編意訳します。

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