栄養学も乗り越える、ヒトの適応する力を探る
「食べ物はサツマイモばっかなのに、体はムキムキだ」と、パプアニューギニア高地人の「筋骨隆々」がSNSで話題になっています。この研究内容について梅崎昌裕先生により書かれた『微生物との共生』です。去年発刊時の編集者からのコメントを再投稿します。
禅寺の日常の食事は非常に質素ながら、修行を積むお坊さんたちはあの細い体でとても体力があるといいます。常住坐臥、修行に勤しむ生活がその体力を養うのでしょうけれど、お粥や沢庵など、おそらく俗世のわれわれはそれだけではヘロヘロになってしまうような食事でも、厳しい修行に耐えるパワーをひきだすのです。
さて、本書のパプアニューギニア高地に住む人々。彼らの食事も負けず劣らず、質素なものです。というのも、彼らはほぼサツマイモばかりを食べているのです。この食事でもおそらく、われわれはヘロヘロになることでしょう。事実、筆者は調査で滞在するあいだに、タンパク質欠乏で傷が治らなくなるなど、いわゆる「栄養不足」の状態におちいりました。しかしながら不思議なことに、現地の彼らは見るからに、平均的な日本人よりも筋骨隆々としているのです(本書のカバーをご覧ください)。いったいどういうことでしょう?
秘密は、腸内細菌にあるのではないか?……これが仮説です。人間の腸内には1キロほどの細菌がいます。彼らは人間の取り込んだ食物などをつかって、アミノ酸やビタミン類などを合成し、人間に供給するという、いわば人間との「共生」の関係にあります。もしかしたらその細菌叢が、栄養学的には低タンパクに陥るはずの彼らの体を支えているのではないか?
その仮説をもとに、著者による調査がはじまりました。調査対象は高地人たちの「糞便」。毎朝、彼らの便を集め、冷蔵保存し、日本の研究室に輸送するという作業です。まさか便集めが目的とは思わない現地の人びとには、「天然ガス資源を奪いにきたんだ!」と勘違いされ、襲撃予告を受けたり斧をふりかざして脅されるなど、その「資料集め」には大変な苦労がありました。が、やがて本当の目的が納得されれば、「変わった人たちだ」とみんな笑顔に。
そうして出た結論は、彼らの細菌叢では、平均的日本人よりもはるかに「窒素のリサイクル」が機能している、ということでした。彼らは低タンパクの状況に適応する体、いえ、適応する細菌叢との「共生」をつくりあげてきた、ということがわかってきたわけです。
詳細はぜひ本書をご覧いただきたいのですが、わたしたち人間には様々な環境や食への適応力があり、その適応力を養ってくれるもののひとつに細菌たちがいる、ということです。山ごもりの禅寺でもパプアニューギニアの高地でも、ヒトは適応し生きていけるだけの力=共生関係を永い年月の間に培ってきました……これを敷衍するなら、無闇な「殺菌・消毒」は、この共生の関係を破壊してしまわないか、殺菌のあとのわたしたちの肉体に適応力は残されるのか、最後に筆者は疑問を提示します。
細菌との共生、自然との共生。そこに思いを致すと、この世界で生きる自分自身の在り方もまた、すこし違ったものに思えるかもしれません。ぜひご一読ください。
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