【エッセイ】デートのマナー
仕事があるものの、今日はスローペースで取り組めるので、昼は彼とランチに行った。台湾まぜそば、中華、イタリアンと悩んだが、家から近くてゆっくりできるイタリアンに行くことにした。
ここは以前から通う老舗イタリアン。店内はそこまで広くないが、天井が高くて開放的な空間が気に入っている。パスタのバリエーションが豊富で、初めて国分寺に来る人とランチするときに重宝する。もちろん味も美味しい。
家から徒歩数分といえども、こんな快晴の日中に彼と出かけること自体が珍しく、さらに二人一緒に行くのは初めてだから、近距離でも胸が高鳴った。彼といろんな場所に行って時間を共有できるだけで幸せを感じられる。
店内に入り、ふとスマホを見ると仕事のLINEがきていた。
読んでみると、今すぐに返さないといけない内容だ。相手は急いでいて、すぐに返さないとあちらは困るだろう。オーダー後、どう返信しようかとあれやこれや考えながらスマホを食い入るように見ていた。
必死な私を目の前にしても、彼はいつもと変わらずに話しかけてくる。あぁそうだよね、と的確だろう言葉で返答する。けれど、もちろん気は入っていない。彼もそれはわかっている。
……ん?
もしかして、微妙な空気かもしれん。
しばらくしてそれぞれのパスタがやってきた。
二人とも静かに食べ始める。私はペスカロッソの激辛、彼は茄子とベーコンのトマトソースで同じく激辛。微妙な空気感でも美味しいものは美味しいが、彼の様子が気になって、いつもより細部まで味わえていない気もする。
とはいえ、冷めない美味しいうちにと、無口になって頬張った。
あぁ、絶対に機嫌を損ねてしまった。
やっちまった。
このやや不穏な空気を打破するために、彼に話しかけてみる。彼が先ほど出してきた話題を振り直し、さっきもちゃんと聞いていたよアピールをする。
けれど、彼の返答はやや気が抜けている。
さっきの私みたいだ。
聞いていたアピールを数分した後、スマホに目をやると、また返信がきていた。気になって早速読んでまた返す。最近仕事のモチベーションが下がっているとはいえ、困っている相手を放置できない。私はいつでも真面目だ。
食後のドリンクを飲み干し、店を後にした。
西友に向かう道中、ちゃんと話せなくてごめんねと言うと、彼はこう言った。
「二人で来たのにずっとスマホ見て、ほとんど会話がなくて。俺一人で来てるのと変わらないじゃん」
確かにその通り。
けれど、意外だった。
こんなド近所のお出かけでも私はウキウキするが、彼も彼なりに楽しもうとしていた、いやちょっとはウキウキしていたのかもしれない。近場の外食とはいえ、ちゃんと二人の時間を楽しもうという心持ちだったのだ。
私は好きな人と一緒にいられれば無言でも良い派。存在を感じられれば満足する。一緒にいること自体が時間を共有すると考えている。
けれど、彼にとって二人の時間とは、ただ一緒にいるだけでなく、言葉を交わすことだと気がついた。
いくら一緒に住んでいるとはいえ、わかり合っているとはいえ、一方的な行動をとるのはよろしくない。距離が近いからこそ、相手が何を求めているのかを理解しようとする心が、円満の秘訣なんだと思った。
とはいえ、私が個人事業主で年中仕事の連絡がくることを彼は知っている。日々多忙で、一旦仕事モードになると他の話が入らないことも知っている。また、緊急性が高いLINEだったことも先ほど伝えた。それなのに、機嫌をやや損ねる彼に対して多少イラッとしたことは否めない。
けれど、彼も不満な気持ちをぐっと飲み込み、口うるさく言わずに収めてくれたのだ。
そう考えると、やっぱり申し訳ない。私ももっと今二人でいることに集中して、LINEの返信を我慢すればよかった。ある程度長く付き合っていても、デートのマナーは必要だと痛感した。
今夜、彼は親友と飲みに行く。
このタイミングで行ってくれるのはとても助かる。ちょっとギクシャクしていても、どちらかが飲みに行けば機嫌が良くなって、帰宅したときにはいつもの空気にリセットされているからだ。
今日は存分に飲んできてもらって、このやや不穏になった二人の空気を払拭したい。今夜どんなに彼が酔っても、文句は一言も言わない。
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