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『つみびと』山田詠美

山田詠美は女神だと思う。自らの世界で迷い、怒り、過ちを犯し、愛する人々を、慈しみ見守る。でも苦しむ人々にパンやお金をあげたりはしない。
母親による幼児のネグレクト、虐待死をテーマにした作品。私は読んだり見たりするものの気持ちをえらく引きずる人間なので、辛いのがわかっている本は読まない。虐待に関する本、しかも実話をモチーフにしているなんて気が重くなること間違いなしなのだが、山田詠美ならどう書くのかが気になって読んでしまった。(読み終わった夜、とても嫌な夢を見た。)

真夏の家に、置き去りになってしまった幼子「桃太と萌音」。彼らを死に至らしめた母「蓮音」。そして彼女の母であり、幼子たちの祖母である「琴音」。この3世代の視点が順繰りに変わりながら物語は進んでいく。予想していたように、基本的にしんどい。悪い方にどんどん転がっていってしまう。環境がひどすぎる。私だってこんな環境におかれてしまったら、彼女たちのようにするしかないと思う。(悪夢はそういう内容だった)

そんな目を背けてしまいそうな状況も、山田詠美は目をそらさずに丁寧に描写する。私は「厚手のシルク」を思い出す。とても肌触りがよい上品なもの。温かいような、冷たいような。心地よくて撫でていたいけれど、するっと指の間から逃げてしまうような。しんどい内容ながらも目を離せない中、文字をたどっていくと、「ああ!もう!山田詠美様だわ」と感嘆するような言葉に出会い、ため息をつく。二つ、紹介させていただこう。

彼女は、もう手の爪にラインストーンを置いたりはしない。けれど、足の指の爪はとことん清潔にして、海辺に散らばる桜貝のように仕立てている。何故なら、口に入るかもしれないものだから。
私は、まだ知らなかった。軽蔑という方法で、さまざまな困難をクリアして行く時、自身もまた誰かしらにその方法を使われる身になることを。

…なんてことに気がづき、それを言葉にして紡ぎだせるひとなんだろう、この人は。そういった細かい描写の他、蓮音と琴音の対比も次第に浮かびあがってきて、エイミー先生の熟練の技に感服する。ワイドショーで取り上げられるような事件について、コメンテーターのように騒ぎ立てたり誰かを非難するわけじゃない。エイミーの在り方はこの本が示してくれます。私には、それが女神のように映る。

146 『つみびと』 山田詠美

●関連インタビュー
山田詠美さん「つみびと」インタビュー 10人同じ考えなら、私は別の1人に

ちょうど対談が出ていました。ガチの山田詠美ファンであるジェーン・スーさんとの対談。ううーすばらしい!!
対談 私たちのファーストクラッシュ #1 <特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

対談 私たちのファーストクラッシュ #2 <特集 恋愛に必要な知恵はすべて山田詠美から学んだ>

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