空をゆく巨人

『空をゆく巨人』 川内有緒

「何もかもいやだ」と思う時もあれば、「人ってすごい、人生ってすごい、世界ってすごい」と世界を賛美したくなるような時もある。この本は後者。10ページも読むと「これからすごいことが始まる」予感が漂い始め、そしてすぐにワクワクに巻き込まれていく。この本を読んでいる間、ずっと私は幸福だった。小説にしたら「作り物みたいで嘘くさい」といわれるかもしれないドキュメンタリー。2019年読んだ本の暫定1位。


ニューヨークのグッゲンハイム美術館で回顧展を開けば(1957年生まれで存命にも関わらず)、ピカソ展で記録した再高入場者数を塗り変える現代アート界のスーパースター蔡國強。(さいこっきょう/ツァイ・グオチャン)火薬を使った絵やインスタレーションを見かけたことがあるかもしれない。有名になる前、彼は日本に住んでいたという。中国の泉州で生まれ育ち、文化大革命時に少年時代を送る。そして来日し、ギャラリー売り込み巡りをしていたら福島いわきにたどり着き、そこであるおっちゃんに出会う。


そのおっちゃんの名は志賀忠重。1950年生まれで、薪で暖をとり煮炊きをするような暮らしで育った男。在学中から引越屋を開業したり、山小屋を建てたり、6年間で100億円のソーラーシステムを販売したり、素人なのに北極海単独徒歩横断の現地サポートをして成功に導いたりと「すごいおっちゃん」だ。ちなみに蔡さんに会うまでは美術館なんて行かないような人である。

蔡さんは「万里の長城を1万メートル延長したい」というような男だし、志賀さんもハングライダーを自分で作って飛ぶような規格外の男たち。彼らは仲間を巻き込み、誰もやったことのないことを手弁当で実現していく。「いわきの海に沈んだ廃船をプレゼントして外国まで送ってほしい」と頼む方も頼むほうだし、請ける方も請ける方だ。そんなクレイジーな挑戦をしていく彼らは痛快ですらある。巻き込まれたら厄介だなと思う反面、彼らがとてつもなく羨ましい。


私もアートや工芸が好きではあるけれど、現代アートは突拍子もなくて「で、それで?」と思うこともしばしば。この本を読んでいくと、蔡さんがなぜ火薬を使うのか、何を表現したいのか、どういう人間なのかということがわかってくる。となると、蔡さんは現代アートという表現手法が適しているし、彼や活動、そしていわきの人々、参加者を内包する現代アートってすごい、と私も納得した。


人間に生まれたからにはなんかワクワクすることしてぇな!でけぇことしてぇな!みたいな大きな気持ちになる本。本はただの文字の連なりだけど、自分の心に作った見えない壁をぶち壊す。

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