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「花屋日記」33.「愛」の単位になればいい。

「おねえさん、質問。女の子に花あげるんやったらどんなのがええの?」
 ある日、ふらっと店に来られた男性にそんなことを尋ねられた。カジュアルな口調ながら、目はどこか真剣だった。適当には答えられない気がして、私は詳しくお尋ねした。
「お誕生日プレゼントですか?」
「いや、なんちゅうかな、彼女の玄関に花があったらええな、と思たんよ。あ、僕の彼女ちゃうんやけどね」
男性は慌てたように、そう付け加えられる。


「そうですね、普段からお花を飾ったりされる方でしょうか?」

「ないない、花瓶とか絶対ない! 水とかよう換えんような子やねん」

「では、手入れの簡単なバスケットアレンジなどもございますけれど」
 私は店頭にディスプレイしてある、真っ赤なアレンジメントをお見せした。中に給水スポンジが入っているので、水換えの必要がない。

「うーん、そやなあ。こんなんやったらええかなあ。あ、これリンゴ入ってるねんな。リンゴなんか食べてまうんちゃうかな?もうね、そら33にもなって嫁にいってへんわけやわ、って感じの子やねん」

「さ、さようでございますか…」
その方のあまりに率直な物言いに、私は戸惑った。関西のノリは受け答えが難しい。そしてここはあえて突っ込まないべきだろうか、と思いながら

「でもお花を渡したいと思われるのでしたら、きっと素敵な方なんでしょうね」
と申し上げると、意外にもその方は力強く頷かれた。

「うん、いっしょにいてめっちゃ落ちつく。月に1回会うだけやのにな」

「仲がよろしいんですね」

「ちゃうねんちゃうねん、ただ近くに住んどるだけなんよ。あー!俺40にもなってこんなん恥ずかしいわ!」

 この方はきっと、そのズボラな女の子のことが可愛くて可愛くて仕方がないのだろう。こんな見知らぬ店員に恋心を打ち明けてしまうくらい。
 結局、その男性はジタバタされながらモザイクガラスの器に入った小さなアレンジメントを購入された。お花が終わっても容器は残るので、今後お二人の思い出の品になるかもしれない。

 誰かが誰かを大切に思っているということは、本来、私の人生とはまったく関係がないはずだ。それなのに、こんなに嬉しくなってしまうのはなぜだろう? 世の中の人がみんないっぱい恋をして、こんなふうに相手を想って、玄関を花だらけにすればいいのに。

「いつか花が、愛の単位になればいい」
私はそんなことを勝手に思って、すこし浮かれて、仕事帰りの夜道を歩いた。不器用な二人の恋の成就を祈りながら。

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