世界で起きている出来事の根っこにある「歴史」と「過去」を知ること
月ごとにテーマを決めて、小説を通して出会った興味を深掘りすることにした2024年。
7月のテーマは「世界の歴史」について。
小説を読んでいると、世界各国の過去の歴史を踏襲して描かれる物語に出会うことがある。
それぞれの物語を通して紡がれる歴史を知ることで、現在まで続くさまざまな出来事につながる、根っこの部分を見つけることができるのだ。
ソ連の女性狙撃兵となった少女の半生を描いた、逢坂冬馬さんの『同志少女よ敵を撃て』。
ベルリンの壁が聳えたつ冷戦下のドイツで、自らの確固たる音を探求しながら成長する主人公の姿を描く、須賀しのぶさんの『革命前夜』など。
どの作品も、世界の歴史を知るための入り口になり、さらに物語を興味深く読みすすめる呼び水のような存在だった。
自分が学生のころ読んでとても印象に残っているのは、米澤穂信さんの『さよなら妖精』という小説。
日本からはるか遠く、ユーゴスラビアからやってきた少女との文化を超えた交流を描きながら、彼女と過ごす日々で出会う「日常の謎」を解きあかしていく。
ユーゴスラビア連邦共和国と呼ばれる国は、今はもうない。
かつては「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と呼ばれていたユーゴスラビア。しかし、激しい内乱の末、やがて連邦共和国は瓦解して、現在は7つの国へと分裂している。
『さよなら妖精』で主人公たちと行動をともにするマーヤは、そんなユーゴスラビアからやってきた少女だった。
米澤さんの作品は「不満もなく日常生活を過ごしているけど、どこか物足りない。自分にはもっとできることがあるんじゃないか」と、悶々と自問自答する日々の葛藤を共有してくれる。
淡々とする日々を少しずつ変えていくマーヤとの交流も、登場人物が痛みを伴いながらも成長していく姿も、読んだときから記憶に残りつづけている、忘れられない一冊だった。
◇
過去の歴史を踏まえて創られたストーリーには、フィクションのなかにも決して揺らぐことのない「過去」が植えつけられている。
だからこそ、そんな「世界の歴史」を知りたい。知識が遠く及ばなかったとしても、知ることを諦めないでいたい。
本当ならば世界各国の歴史について本で学んで、この記事で書いていきたいのだけれど、まず「世界の歴史」を学ぶと決めたとき、真っ先に読まなければと思っていた本があった。
それが、岡真理さんの『ガザとは何か〜パレスチナを知るための緊急会議』。
早稲田大学で教授を務める岡真理さんが、ガザについての緊急学習会を開いてから、40日という異例の早さで刊行された本作。
イスラエルとガザ。あまりにも知らないことが多かった。そして、知らないことが多いゆえに、情報をセーブしてどこかで線を引いている自分がいた。
何が嘘で何が本当なのかわからないまま、迂闊に言葉にすることをためらってしまった。
そして、この本を読んで、自分が勝手に引いていた線よりはるか内側で、誤っていた認識があることを知った。
イスラエルと呼ばれる国の成り立ち。
パレスチナ分割によって起こったこと。
ガザがなぜ封鎖されたのか。
衝撃的な事実がたくさんあった。
ガザ地区が「世界最大の野外監獄」と言われていること。ガザ地区に住む人々の平均年齢が18歳だということ。230万人いる人口の40%が、14歳以下の子どもたちであること。自死が宗教的にタブーとされているイスラームの人々のあいだで、自殺者が増えていること。
ガザで起こっているのは人道的な問題ではなく、限りなく政治的な問題であること。
◇
ただ、この本を読んで、作中でも言及されていたけれど、ひとつ気をつけなければならないと思ったことがある。
それが、国と人や民族、個人を同一視する危険性について。
イスラエル=ユダヤではないように、国の咎を個人に背負わせた上で攻撃することが、どれだけ恐ろしい悲劇を生むのかは、過去の歴史が語っているはずだった。
自分が応援しているサッカーのチームには、イスラエル代表の選手がいる。彼が去年、キブツでの出来事に胸を痛めていたことを知っている。
だからこそ、軽率に「誰か」と「何か」をイコールで結びつけることはしないでいたい。
自分が身勝手に想像することも、誰かに想像されて断罪されることも、等しく暴力性のある行為だと覚えておきたい。
◇
今、世界では様々な出来事が起こっている。
興味深いことも期待に溢れることも、悲しいことも信じがたいことも、目まぐるしいスピードで変化して、たちまち情報の波にさらわれていく。
どこか遠い国のことだと日常から線を引いて、平穏な時間を守ること。
それは、決して知らないことから目を背けているわけではないし、生きていくうえで大事にするべきセーフティゾーンでもある。
でも、だからこそ、変わりゆく世界の速さに惑わされないように、その根っことなる出来事について自分は知りたいし、知らなければならないと思う。
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