『ラブカは静かに弓を持つ』を読んで興味をもった「著作権」の在り方
月ごとにテーマを決めて、小説を通して出会った興味を深掘りしてみようと思ったのが、今年の初め。
詳しい経緯は、下記のnoteに書いているので読んでもらえれば嬉しい。
そんなこんなで、1月のテーマは「著作権」について。
なぜ、著作権に興味を持ったかというと、きっかけは安壇美緒さんの『ラブカは静かに弓を持つ』という長編小説を読んだことだった。
ある日、音楽著作権を管理する会社に勤務している主人公が、街の音楽教室からも著作権料を徴収しようと画策する上司から、とある音楽教室への潜入捜査を命じられる。
少年期にチェロを弾いていた主人公は、過去のトラウマから楽器に触れることなく後の人生を送っていたが、潜入することになった音楽教室で出会ったチェロ講師・浅葉の演奏に魅了され、再び、チェロを手にする。
暗い場所で長く苦しんでいた主人公だったが、浅葉の演奏や音楽教室でのひと時によって、彼の視界に一筋の光が差し込んでいく。
音楽を通して色づきはじめる生活と、スパイとして潜入している自らの立場の矛盾に葛藤する主人公の姿が、とても印象深かった。
そんな特殊な関係性でつながる主人公の人間模様もさることながら、この作品では、あまり世間からは理解されていない音楽の「著作権」についても言及されている。
「著作権」とは誰の権利なのか
そもそも「著作権」とは何を意味するのか。
その問いに答えてくれたのが、福井健策さんの『著作権とは何か 文化と創造のゆくえ』という本だった。
この本では、単なる著作権とは何かという説明にとどまらず、著作権が存在する意義にまで踏みこんで、その在り方を語ってくれている。
著作権とは何かを説明する前に、前提として考えなければならないのが、どこまでが「著作物」なのかということ。
著作権法によって記述されている文章は何ともあいまいだけれど、重要なのが「創作的に表現したもの」という文言。
つまり「事実」や「アイデア」は著作権を侵害するものではない。誰も事実を独占することはできないし、鍵をかけてアイデアを厳重に保管することも不可能なのだ。
ただ、事実はともかく、アイデアはとても不確かなもので、どこまでが「アイデア」でどこまでが「表現」なのか、福井さんの本のなかでもたくさんの例を挙げて、その境目がどこにあるのかを探っている。
そして、そんな様々な制約のもと、著作物を生み出した著作者に授けられるのが「著作権」という権利なのだ。
著作権は「権利の束」とも呼ばれる
著作権とひとくくりにしているけれど、実際は、著作物をコピーすることを禁じる複製権、著作物を土台にして新たな著作物を作る翻訳権・翻案権など、様々な権利が束になっているもの。
そんな束ねられた権利の中には、『ラブカは静かに弓を持つ』でも言及されている「上演権・演奏権」と呼ばれるものも含まれている。
この公という言葉が意味する「公衆」が何を指すのかという部分は、『ラブカは静かに弓を持つ』でも焦点となっていた文言で、たった1人でも不特定の人ならば「公衆」にあたるらしい。
言葉だけを読むと納得しがたい部分もあるけれど、ある意味、一貫している考え方なのかもしれない。
「著作者人格権」がなぜ存在するのか
また、著作権が他の誰かに譲渡されたとしても、著作者に残り続ける「著作者人格権」という存在も、本を読んで初めて知ったことだった。
特に、著作者人格権のなかに含まれている「同一性保持権」と呼ばれる著作者の権利は、翻案権との兼ねあいもあり、とても難解な権利となっている。
元々の著作物に手を加えて、新しい著作物を作る権利(翻案権)があると同時に、作品を作者の意に反して、勝手に書き換えられないようにする権利(同一性保持権)が存在しているのだ。
またもや、その境目をどこに設定するのかによって、まったく意味合いが変わってきてしまう。
それでも、この著作者人格権は、どの著作権よりも大切に守られるべきものであり、作品が作者と一心同体であることを何よりも忠実に表している気がした。
二つの本を読みおえて思ったこと
著作権は、著作者をコピーや誹謗中傷から守る盾であり、社会で様々なクリエイターが自由に創作を楽しめるような場所を作る掘削機でもある。
正反対のようでいて、目指すものは同じ。
初音ミクのような、パブリックライセンスと呼ばれる存在が一大ムーブメントとなったように、著作権によって守られるべき表現と、社会に自由に放たれるべきアイデアがしっかりと区別されることは、より芸術文化が活性化されるために必要なことなのかもしれない。
そして、著作者の人格とも呼べる著作物が保護されること、創作によって耕されるべき土壌を残すことは、決して相反するものではないと信じたいと思った。
ちなみに、2月のテーマは「更生」。
少し重めのテーマになってしまったのだけど、関連する小説を読んでいると、いつも心に引っかかりを残していくテーマでもあった。
それに加えて、家庭裁判官と呼ばれる人たちの仕事や、少年の可塑性について、もっと深く学んでみたい。
ひと月はあっという間に過ぎ去っていくけれど、今月ものびのびと読書ができますように。
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