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退院後のお話(ウサギノヴィッチ)

 退院してから一週間は使い物にならなかった。とりあえず、寝込んでいた。それじゃあ、ダメだと、涼しいときに近場を散歩したり買い物したりして体力を戻そうとした。嬉しいことに友人が快気祝いをしてくれるから、それまでには体力をある程度回復させたいと思っていた。
 貧乏揺すりが止まらないのはなんとかしないと思った。ただ、メンタルではどこか落ち着いていなかったのかもしれない。読書をしようとしても本が読めなかった。活字が踊っているようだった。まずは、ラジオの収録が先にあった。ラジオは対面でやっていないから、なんとなく大丈夫だろうと思っていた。それでも覇気がないのはばれてしまった。今、公開されている最新の動画は入院明けのぼくの声だ。
 快気祝いの場でも震えが止まらなかった。お酒を飲むことによって、さらに震えは全身になった。久しぶりの友人との語らいは楽しかった。人間と会話したと思えた。
 でも、予定のない日はずっと死んだように眠っていた。
 今でも身体は全快ではない。ただ、夜型の生活になっている。
 最近になって、本は読めるようになった。
 予定がない日はコーヒーショップで、公募の推敲と校正をしている。
 そして、この前の木曜日に病院に行ってレントゲンと診察をして、虫垂炎の件はクロージングされることになった。
 虫垂ガンではなくて、ただの虫垂炎だった。最初は死ぬことを勝手に想像した。ぶっとんでいて、根拠のない話かもしれないが、自分がもう余命幾ばくもないことになっている、または抗ガン剤治療であられもない姿になっている。そう想像した。
 ただ、ぼくの幸運はあった。最初、この手術は人工肛門を作るかもしれない、という話になっていた。それをなんとかしてもらった。ガンじゃない話も早々に判明した。ぼくはラッキーだった。
 健康って大事だなと思いながら、自分の身体を壊すようなことは現在は行っている。
 やっと、今まで通りの生活に戻りつつある。

 以上で、今回の闘病記は終わりにする。また、なんかあったら書くかもしれないが、そのまたがないことを望んで締めさせてもらう。

 ご心配おかけした方本当にすみませんでした。これからは小説で頑張っていくのでよろしくお願いします。

ウサギノヴィッチ

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