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一人じゃないから 私がキミを守るから あなたの笑う顔を見たいと思うから~読書note-27(2024年6月)~

7月1日、長男が25歳の誕生日を迎えた。先月のnoteに書いた通り、GWに帰省した彼は、もう私が何も教えることのないくらい、立派な社会人となっていた。25年前、生まれたばかりの彼を抱き抱えて、「俺はこの子に『パパはこうやって生きているんだぞ、こんな仕事をがんばってるんだぞ』と胸張って言えるだろうか」と己に問い、当時後ろ向きな仕事ばかりしてた保険会社を辞める決心をして、翌年2000年春に家業継ぐため足利へ戻った。

継いだ家業は今や瀕死の状態、親となって四半世紀、息子の成長と共に、自分自身は成長してきただろうか。多分、努力が足りなかったと自分でも思っている。でも、この人生に悔いはない。先日、Tverで見た名作ドラマ「Mother」の中で、死を目前にした「うっかりさん」こと葉菜(田中裕子)が娘・奈緒(松雪泰子)と孫(実際は誘拐してきた子)の継美(芦田愛菜)と三人で観覧車に乗って楽しかったことを思い出してこう言った。

「一日あればいいの。人生には、一日、あれば・・・
 大事な大事な、一日があれば・・もう、それで充分。」

「Mother」第10話,日本テレビ

我が人生には、何日もあったよ。息子達の生まれた日、妻と出会った日、初デート、結婚式、新婚旅行、家族旅行、息子達が初めてサッカーの試合に出た日、大学に合格した日、就職が決まった日etc…。大事な大事な日が何日もあった。

何で、こんな死ぬ間際の人間が言いそうなことを書いてるんだろう。先月読んだ本が人生の晩年を考えさせるものが多かったからかな。6月後半はEURO2024が始まり、毎日2試合は見てたので、そりゃ本読む暇無くなるよね。3冊しか読めなかった。


1.ブルックリン・フォリーズ / ポール・オースター(著)、柴田元幸(訳)

ポール・オースターの訃報を聞き、昔買ったままの本があったなぁと思い出して読む。数年前に彼がラジオ番組でリスナーの面白体験記を募集して纏めた「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」は読んだが、純粋な著書としては初めて。訳者柴田元幸さんのあとがきによると、「自分の人生が何らかの意味で終わってしまったと感じている男の物語」の5部作のうちの3作目、「中高年の物語」としては3部作の1作目らしい。

50代後半で肺がんとなり仕事を辞めたブルックリン在住のネイサンが主人公(語り手)、妻とも別れ一人娘は巣立ち、何をしたらよいのか途方に暮れていたが、「人類愚行の書(The Book of Human Follies)」を書くことを思いつく。この物語は、そんな彼の周りの人々の愚行の数々(follies)が綴られるドタバタ悲喜劇。そう、あのニューヨークでの歴史的大事件直前までの。

エリート路線から脱落し、近所の古本屋で働く甥のトムとの偶然の再会を機に、奥手でナイーブな彼の面倒を見始めることで、ネイサンの人生がまた活気を取り戻す。その古本屋の経営者ハリー、トムの妹オーロラ、ネイサンの娘レイチェル、そしてネイサン自身と、まぁこの世に愚か者の何と多いことか。

ただ、愚かと馬鹿にするではなく、どこか温かい目線の物語。魅力的な登場人物ばかりで、巻き込まれる厄介事も「まっ、いいか」と楽しんでいるようなところがいい。でも、我が人生の晩年に次々とこんな刺激的な出来事が起こったら嫌だなぁ。人生最後はのんびりと平穏を望みたいよ。


2.テスカトリポカ / 佐藤究(著)

EUROが始まったら、本読む暇がなくなると分かっていたのに、そういう時に限って分厚い文庫本を選んでしまう。2冊分はあるよな(700P超!!)。本屋の文庫新刊コーナーに、3年前の直木賞受賞作が入荷してたので即購入。カドカワの紹介文に「心臓を鷲掴みにされ、魂ごと持っていかれる究極のクライムノベル!」とあったが、まさに胸をえぐられるようなアングラ小説で、でもグイグイ引き込まれて一気に読み終えた。

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人バルミロ・カサソラが、追っ手から逃れて海を渡る。そして、潜伏先のジャカルタで日本人臓器ブローカーと知り合い、神奈川県川崎市で心臓売買のための組織を作りあげる。そこに、メキシコから川崎に逃れてきた母とヤクザの父との間に生まれた超人的な腕力と体躯を持つ少年、土方コシモが加わっていく。

バルミロは、祖母の影響で古代アステカ王国の神を信仰している。それが“煙を吐く鏡”と呼ばれる「テスカトリポカ」だ。生け贄の心臓を求めるこの神への信仰と現代の究極の資本主義である臓器売買ビジネスが交錯する。読み始めた当初は、同じ直木賞受賞作のアイヌを描いた川越宗一さんの「熱源」のような“民族の物語”かと思ったが、ゾッとする現代の闇に突っ込んだ暗黒小説だった。

25年前の長男が生まれた頃に働いていた川崎の街が舞台だということも、懐かしくて物語にのめり込んだ理由かもしれない。どこか、あしたのジョーのドヤ街に似た雰囲気のある街だった。川の近くだしね。今はだいぶオシャレな街になったみたいだけど、当時は仕事で本町や堀之内に集金に行くの、ホント嫌だったもんなぁ。


3.あなたは、誰かの大切な人 / 原田マハ(著)

直近に読んだ「テスカトリポカ」の胸のざわつきが収まらないので、これはちょっとハートウォーミングな栄養を摂らないと平衡を保てないなと、本屋で大好きな原田マハさんのこのタイトルが目に入ってきて思わず購入。なんかちょっと励まされる感じの凄く良いタイトルで。

キュレーターの著者らしく、美に関する仕事をしている30代〜50代の独身女性が主人公の6篇の短編集。訳あって妻と別居中の我が身にはどの話も胸に刺さる。歳をどんどん取っていくにつれ、独り身だと寂しさや不安が増してくるのよ。人は結局は孤独なのだけれど、どこかで誰かと心が通じる瞬間がある。そんな小さな幸せの6つの物語。

中でも、美術館の学芸課に勤める羽島聡美が、冴えない人間だと思っていた父親から、亡くなる1ヶ月前に勤務先に送られてきた荷物(聡美の50歳の誕生日プレゼント)の謎を解いていく「無用の人 Birthday Surprise」が秀逸。ちなみにどの話のタイトルにも英語の副題が付いている。

スーパーの生鮮食品売場で野菜を並べる地味な仕事を続けてきた父親を、母も娘もどこか馬鹿にしていた。出世も目指さぬ父に、母は愛想を尽かして数年前に離婚。しかし、そんな無能の人と思われてた父が、日本の美の真理を説く岡倉天心の「茶の本」を愛読していた。実は聡美の一番の理解者だったのだ。

人は皆失って初めて、かけがえない存在と気付くんだよね。「大切なものは失って初めて気づく」という真理は、古今東西、歌や物語で散々受け継がれ、広まってきたはずなのに、どうしてこう人は愚かなのだろう。


自分は誰かに必要とされているだろうか、って永遠の問いのように思う。あぁ、自分は誰かの大切な人であり続けたい。そして、この歌のように伝えたい。まだまだ、妻や息子達の笑顔を見たいから、もうひと踏ん張りしますか。


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