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6.呪われた血と偽りの救済(2/7)

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2/7

* * *


 翌日。天外市、人里離れた郊外。

 雨に汚染されて放棄された田畑がどこまでも広がり、崩れ落ちた廃墟ばかりが墓標のように並んでいる。

 この世の終わりを思わせるようなその風景の片隅に、終末カルト聖代派の村はあった。

 村は全体を高いコンクリートの壁にぐるりと囲まれている。
 天外郊外は凶暴な異態生物がうろついているため、こういった要塞型のコミュニティは珍しくないのだ。

 村内の独身寮、講堂、食堂、聖代と信者の住居である円筒状マンションなど各施設は屋根覆いつきの通路によって繋がれており、汚染霧雨が吹き込まないように透明ビニールの短冊形カーテンが下がっていた。

 ジリリリリリン! ジリリリリリン!
 けたたましい起床ベルに日与は目を覚まし、狭い二段ベッドから這い出した。

 日与と昴は永久が偽造した身分証を使い、聖代派の期間労働者募集に応募した。
 農業や採集作業を手伝わせる流れ者を雇っているのだ。

 七日間の契約期間のあいだ、彼らはこの汗と泥の臭いが染み付いたプレハブ小屋の寮で共同生活しながら村の仕事に従事することになる。

 日与は他の寝ぼけ眼の男たちと一緒にシャワールームに行き、身支度を整えると、村の食堂へ向かった。

 トレーを取って配膳カウンターに並ぶ。
 調理は女の労働者の仕事で、日与は昴が慣れない手つきで茶碗に盛った飯を受け取った。

 昴の三角巾は爆発した髪で盛り上がっている。温度湿度が管理されていたフォート内と違い、外界はいつも湿っぽいのだ。

「毎朝すごいな、その頭」

 昴は恥ずかしそうに手で髪を撫で付けた。

「しょうがないじゃん! もう!」

 食堂には家族連れの信者も毎朝いくらか訪れる。
 彼らは家族ごとにマンションの一室を与えられており、そこにはキッチンもあるのだろうが、朝食を作るのが面倒な者はこちらへ来るようだ。

 今朝は聖代もその中にいた。尊敬のまなざしを向ける信者に囲まれ、にこやかに談笑している。

 彼と同じケープを肩にかけているのは神官たちで、一等高い地位にあるらしいが、信者同士では特に上下関係を意識しているようには見えない。

「ヘンだなあ……何か、差別されてる」

 隣の席にいた、刺青がある若い男がいぶかしげに言った。

 加治《かじ》という名の労働者で、寮では日与と同室だ。ほとんどの期間労働者がそうであるように、彼も定住地を持たない流れ者だった。

 加治は自分のトレーと信者たちのトレーを見比べた。

「見ろよ、向こうの飯はヨーグルトにイチゴが入ってる。こっちは入ってない」

 日与は笑ってしまった。

「イチゴがそんなにうらやましいか?」

「いや、俺はここで働くの三度目なんだけどよ。なーんかヘンだ」

「どう変なんだ?」

「だって俺、前に信者にならないか誘われたんだぜ。あんたはマジメに働いてるから、信者の女と見合いしないかって。そんで結婚すれば、聖代が病気も治してくれるって言われてさ」

「病気してたのか?」

「ああ、ちょっと内臓が悪い」

 日与は村に入るとき、書類に病歴を書かされたことを思い出した。

 加治は続けた。

「で、そんときは冗談じゃねえって断ったんだけどさ……聖代の横にいるあの子」

 加治は聖代の隣の席にいる少女の信者を箸で指した。

「あの子だって前来たときは優しかったんだけどなあ。ケガした指にバンドエイド貼ってくれたりしてさ。なのに今回は俺と目を合わせようともしねえや。入信を断ったのがそんなに気に入らなかったのかなあ」

「あんた、なんかセクハラでもしたんじゃないのか?」

 加治はむっとした。

「んなことしねえよ。とにかく、今回に限ってあいつらの態度、何かヘンなんだよな……」


* * *


 いつもと変わらず汚染霧雨が降るその朝、労働者たちは神官の命令で二台のワゴン車に分乗し、村の裏手にある山へ向かった。

 ねじくれた植物が絡み合う山中で、数十名の労働者は支給された防水服と防霧マスクを着け、地面を探り返す作業を始めた。

 汚染霧雨は土壌と水質を回復不可能なまでに汚し、病を蔓延らせ、また多くの生物に異態進化《いたいしんか》と呼ばれる突然変異を引き起こしたが、別の形で恵みをもたらした。

 彼らが探しているのは天外の特産物、異態進化した山菜だ。他所では手に入らない貴重な珍味や生薬で、金持ちがこぞって大金を出すという。
 売った金が教団の活動資金になるのだ。

 日与は地面にしゃがみ込み、スコップで地面をほじくった。

 数日は何もせず教団の生活に馴染むこと、聖代の善悪を見極める証拠を掴むまでは下手に動かないこと。

 この二つを守るように永久に言われているが、日与は腹の底がチリチリするような焦りを感じていた。

(こんなことしてる場合なのか? こうしてるあいだにも明来の命は……クソッ!)

 周囲は猟銃を抱えた神官たちが警戒している。
 日与は彼らに目をやった。異態生物の襲撃に備えているのだが、まるで囚人が逃げないように見張る看守のようだ。

(あの神官どもをブチのめして吐かせたほうが早いんじゃないか?)

「わ!」

 右手の斜面の上で小さく悲鳴がし、キノコがいくつも転がってきた。
 斜面を見上げると、若い神官がうつ伏せに倒れている。足を滑らせて転んだらしい。
 背負い籠から山菜やキノコが転げ落ちて行く。

 日与はそれらを拾い集め、膝の泥を払い落としている若い神官のところへ戻った。

 それは食堂にいたあの少女で、驚いたことによく見ると少年であった。

「ありがとうございます」

 少年は恐縮しながら日与から山菜を受け取り、頭を下げると、そそくさと行ってしまった。

 なるほど、差別されている。
 だが加治は元ギャングか前科者という雰囲気だったし、実際あの男が何をしたかわかったものではない。

 むしろ加治が信者の女にちょっかいを出すか何かして、それで信者全体が労働者を見る目が変わってしまったのではないか?

 そんなことを考えていた日与はふと、木の根元に奇妙なキノコが生えているのを見つけた。

 細長いスプーンに似た形で、掘り返すと大きなカブトムシのサナギから直接生えていた。カブトムシには角が二つある。

 日与は先ほどの少年の背に声をかけた。

「なあ、これ何かわかるか?」

 振り返ってそれを見た少年は目を見開き、クリスマスプレゼントを見つけた子どものように駆け寄ってきた。

「すごい! フタマタカブトの冬虫夏草! 触ってみていいですか」

「いいけど。美味いのか?」

 少年は王冠を受け取るように両手でおずおず冬虫夏草を受け取り、目を輝かせた。

「いえ、薬になるんです。すごく珍しいんですよ。図鑑でしか見たことない!」

 少年は熱心に冬虫夏草の生態について話し始めた。

 二人とも年が近い気安さもあってか、いつしか話は雑談に変わった。

 少年は名を先島《さきじま》棄助《きすけ》と言い、異態生物学の勉強をしているという。

 日与が朝食のときに加治から聞いた話をすると、棄助は労働者に冷たい態度を取らなければならないという義務を今になって思い出したような顔をしたが、同時にやっと見つけた同い年の友人を手放したくないという様子でもあった。

「ええと、それは……たぶん……」

 棄助は明らかに返事に窮した。
 鉄面皮の他の神官たちと違い、棄助はどうしても人の良さを隠し切れていない。

 日与は悪いことを聞いたような気がして、助け船を出してやった。

「前に労働者が女にちょっかい出すとかして、それで見る目が変わったんだろ?」

「そう……なんです。そうです」

 棄助は何度も小さく頷いた。
 日与は笑いかけ、彼にフタマタカブトの冬虫夏草を渡した。

「やるよ。お前が見つけたことにしな」

 棄助はぱっと笑顔になった。

「いいんですか?!」

「俺は健康だ。薬なんかいらねえ」

「ありがとう、森一(日与の偽名)さん。おじいちゃんにこの薬を飲んでもらいたくって」

「じいちゃんがこの村にいるのか?」

「ええ……」

 そのとき、年配の神官が「棄助!」と怒鳴った。
 棄助はびくっとし、日与にもう一度頭を下げると、そちらに走って行った。

 向こうで棄助は年配の神官に怒られていた。日与と話し込んでいたことを咎められているのだろう。


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