6.呪われた血と偽りの救済(6/7)
6/7
* * *
ファ――ン! ファ――ン!
聖代派の村にサイレンが鳴り響く。
期間労働者たちは猟銃を抱えた神官たちに寮から出され、着の身のまま追い立てられるようにして広場へ集められた。
「村に危険な異態生物が入ったようです! 現在神官がすべての建物の中を調べています! そのままでいてください!」
「そのまま動かないでください! そのままでいてください!」
不安げな労働者を尻目に、神官たちは囁き合った。
「二人足りないぞ。どこに隠れてる?」
「探してる時間はない。もうあいつらの空腹が限界だ」
神官たちはマンションに向かい、その中に入った。
すぐに玄関と窓に防弾シャッターが降り、完全に外界とを遮断する。
広場には労働者の男女が取り残された。
そのうちの一人が悲鳴を上げた。建物の影の暗がりを指差す。
「おい! 何だ、あれ!?」
「かっ……怪物? 異態生物だ!」
ぬうっと人影が現れた。
冷たい灰色の毛皮に包まれた体、鋭利な爪の生えた手、そして狼の頭部を持つそれは、山の中で労働者を襲ったあの人狼であった。
低く唸り声を上げながら現れた二十以上の人狼は、人間たちをすっかり取り囲んだ。
猛烈に餓えている彼らは、新鮮な人肉を目の当たりにして気も狂わんばかりであった。
「オオオオオオオオン!」
一匹が地響きじみた咆哮を上げ、信者たちに飛びかかった! だがそれを後ろからがっしりと抱き止めた者がいた。ブロイラーマンである!
「オラアアア!」
そのまま真後ろに仰け反ってブリッジし、人狼を地面に叩き付けた。ジャーマンスープレックスだ!
ドゴォ!
地面に後頭部を叩き付けられ、人狼の頭蓋骨が砕ける音が響く。
ブロイラーマンはヘッドスプリングで跳ね起き、高らかに名乗りを上げた。
「血羽家のブロイラーマンだ!」
人狼たちは名乗り返さず、いっせいにブロイラーマンに、そして人間たちに飛びかかった。
「ウワアアア!」
人々はパニックを起こして逃げ惑い、建物の中に逃げ込もうとしたが、どのドアも窓もすべて硬く閉ざされている。
ドアや外壁の大扉にすがりつき、あるいは塔に向かって助けを求める人々を、人狼は次々に食い殺していった。
人狼が労働者に襲いかかろうとしている。
リップショットの骨の右腕が変形し、折り畳みナイフめいて飛び出した骨の刃がその首を跳ねた。
スパン!
「ブロ、みんなを講堂に入れよう!」
リップショットにブロイラーマンは手を挙げて答えた。
「任せた! 俺の顔じゃ言うことを聞いてくれそうにねえ」
ブロイラーマンは講堂へ向かう彼女をカバーするように立ち回った。
たった今リップショットに首を跳ねられた人狼がむっくりと起き上がり、彼女を探すように手探りをした。
その首の切断面が盛り上がり、新しい頭部が生えてくる。信じがたい生命力だ!
ブロイラーマンはその出来立ての頭を再度拳で叩き潰した。
「オラア!」
グシャア!
「ゴボボッ!」
リップショットが講堂の玄関とドア枠の隙間に骨の刃を突き入れ、ドアをこじ開けた。
フェイスマスクをずらして人々に大声を張り上げる。
「みんな講堂の中に立て篭もって! 急いで!」
散り散りに逃げ回っていた人々は藁にもすがる思いでそれに従った。
ブロイラーマン、リップショットともに講堂の防衛に専念した。
人狼自体の戦闘力は血族より大きく劣っているが、数が多い上、異常な再生力を持っている。
二人ともじりじりと限界が近付いていた。
一人、また一人と逃げ遅れた労働者が人狼に食い殺されて行く。
「ブロ! このままじゃ押し切られちゃうよ!」
「クソッ!」
ブロイラーマンは地面に組み伏せた人狼の頭を拳で叩き割り、悪態をついた。
その全身はすでに噛み傷と引っかかれた跡で一杯だ。血族とて体力は無限ではないし、不死身でもない。
人狼たちは二人の隙を突いて講堂の窓に取り付き、爪で強化ガラスを破ろうとしている。長くは持つまい。
(こいつらは……!)
日与は人狼たちの正体について薄々と気付きつつあった。
採集作業中、人狼の襲撃時にいなくなり、後から見つかったあの男は!
棄助が沼に落ちた人狼をひどく心配そうに見ていたのは!
聖代から奇跡を授かった人々が払った代償とは!
(こいつらは、もしかして……!)
隙を突いてブロイラーマンの背に人狼が飛びつき、肩に牙を突き立てた。肉に鋭利な牙が食い込み、血が噴き出す。
「クソッ!」
カシャン!
リップショットの放った骨の矢が狙い違わずその人狼の眉間に突き刺さった。
「ギャーッ!」
ブロイラーマンは悲鳴を上げて仰け反るその人狼を、背負い投げの要領で地面に投げ落とした。
すかさず頭部を瓦割りパンチで叩き割る。
グシャア!
背中合わせになったリップショットが、小さく震える声で言った。
「ねえ、ブロ……こいつらは! 〝この人たち〟は……!」
「考えるな! 生き残りを守れ!」
ブロイラーマンは一喝した。彼に迷いはない!
そのとき、バラバラというヘリの音がした。
スクーターほどの大きさのヘリコプタードローンが、ライトで闇を切り裂きながら講堂上空を旋回し、リップショットの目の前にコンテナを落としていった。
リップショットがコンテナを開けると、中に入っていたのは大砲のように巨大なリボルバー拳銃とその銃弾だった。
昴が以前犯罪者から奪ったもので、永久に預けておいたのだ。
(ドレッドノート88!)
リップショットの懐で通信機が永久の声を発した。
「お待たせ。使って!」
リップショットは弾を装填し、右手で構えて撃った。
ズドォオン!!
空気を震撼させる銃声とともに、ドレッドノート88の炸裂弾は人狼の体の一部を血肉の煙に変えて消し飛ばした。
ズドォオン!! ズドォオン!! ズドォオン!!
一発ごとに反動で大きく銃口が跳ね上がる。人間ならば持つ手が千切れてもおかしくない衝撃だ。
トマトを潰すようにして人狼たちの体は爆ぜて行った。
同時に永久が遠隔操作するヘリドローンのガトリングガンが火を噴く!
ドルルルルルルルル!
その威力は絶大で、着弾のラインが人狼たちの手足を切断して行く。
そのあいだにブロイラーマンは信者のマンションへと向かった。
改めて見ると、その塔じみたマンションはこの儀式に備えて軍事施設並みに堅牢に作られていることがわかった。すべての窓と玄関にシャッターが降りている。
ブロイラーマンは玄関のシャッターを強引に手で引き上げ、更に中のドアを蹴破った。
ドゴォ!
入ってすぐのホールには人間の信者が集まり、椅子を持ち寄って車座になっていた。
全員が手を繋いで輪になっており、その中心に聖代がいた。
聖代は動揺する信者たちに手を掲げて落ち着くように示しながら、ブロイラーマンに向き直った。
懐から取り出した血盟会の銀バッヂを見せ付ける。
「パイルドライバー、大前、エンバーマー、ヴァーミン。この短期間によくよく殺したものだな、ブロイラーマン。群狼《ぐんろう》家の聖代だ」
「血羽家のブロイラーマン。つまり……」
ブロイラーマンは聖代を睨み付け、指差した。
「お前から奇跡を受け取った人間はケガでも病気でも治るが、代わりに人狼にされちまうんだ。そいつらは普段は人間の姿をしているが、満月の夜ごとに怪物に変わる。そのときに餌をやっとかねえと共食いしちまうんだろう? あの山の中で棄助を襲った奴は……?」
「空腹感が高まりすぎると満月の夜を待たず変異することがあるのだ。まあ、そのときは一時間もすれば戻る。今夜は夜明けまで戻らんぞ」
「なるほど。で、夜明けになるとそこらじゅうに食い残しが転がっている。それの処理場があの沼か」
ブロイラーマンは信者と神官たちに怒りの篭もった目を向けた。奇跡を授かった者の家族たち、外で暴れ狂っている人狼の家族たちに。
彼らはおびえて身を寄せ合った。
「お前らはすべて知っていた。定期的に期間労働者が餌として集められていたことを。知りながら黙っていた」
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