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Tw300ss

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Twitter300字SSという企画に参加した作品をまとめました。気軽にどうぞ。
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2020年5月の記事一覧

言語学者の弟子

「ひっ」  何気なくめくった敷布に縫い込まれた文字は怨嗟に満ちていた。目を輝かせて解析しはじめた師匠に代わり、青ざめた家主に問いかける。 「この品はどちらで?」 「知人から譲り受けたものですが…」  正直、来歴はどうでもよかった。見る間に師匠の筆が走り出す。菫色の軌跡は夜空の色に沈み、ひねった穂先からばちばちと星が散る。  どんな呪いも言葉である限りは対語が存在する。あらゆる言語に通じていれば、全て相殺できるのだ。筆だって市販品で十分。しかし。 「相変わらずひっどい字ですね」

異星の人

 金髪碧眼に鮮やかな身のこなし、絵に描いたように見目麗しき彼は自称異星人としても名高い。 はなから信じてなどいないが、じっさい世間知らずではあった。知識ばかりが豊富なわりに、どうも経験に乏しいのである。  思えば出会いから腹の立つ男だった。名を問えばどこの王族かと耳を疑う長さ、書いてみろと迫れば白々しく首を傾げる。僕の名を書いてみせると感じ入ったように頷き、書くとは文字をもつ種族だけの興味深い行為だなどと語りだす念の入りよう。なるほどこれは筋金入りだと諦めることにしたのだ。

魔法使いの弟子

 がつんと蹴躓いて思わず舌打ちする。  あれから踏んだり蹴ったりだ。身寄りもなく、稼ぎもなく、何をしでかしたか血眼になって師匠を追う輩の来襲に耐え、もうたくさんだと家移りを決めた矢先。行方をくらました師匠が唯一置いていった、こいつは因縁の旅行鞄である。  開ける気にもならなかったものが、さきほどの衝撃で留め金が弾け飛んだらしい。ひとりでに開いた中身に目を奪われた。  鞄いっぱい、みっしりとつくりこまれたドールハウス。暗い色合いで揃えた調度にエメラルドのランプ。のそりと動いたの

花と狼

 はた、と目があった。  五分咲きの桜の下、まだ冷たい風を紛らわすように酒ばかりが進む。あらかた片付いた持ち寄りの料理は見事にひとくちずつ残って群島をなしており、食べようにもひどく手が出しにくい。  ぱきっ、と小気味良い音が鳴って我に返った。車座の向こう側、相変わらず堂々と浮いている彼女が箸を割り、迷いのない手さばきですべての島をさらっていく。残った料理は漏れなく持参の容器におさめられ、綺麗に盛り付けて閉じられた。 「さ、飲みなおそ」  つい、と僕の腕を引っ掛けて、彼女はすす

婚礼の日に

「今からどうしろと…」 奥方を迎えるにあたり、あるじがまちひとつを贈り物にすると言い出したのが婚礼の三日前。臣下は揃って頭を抱えた。 「リボンでもかけますか」「寝言は寝て言え」 「花でいっぱいに」「それでは満足なさるまい」 「ところで奥方はどんな方なんだ」「知らないのか、なんでも実家はパン屋とか」 急に一人が立ち上がる。 「こんなところに籠ってるから煮詰まるんすよ。ちょっと出てきますわ」 止める者はいない。 当日。まちには市が立った。通りを彩るのは多種多様なパンと焼き菓子。

サプライズ

「誕生日、なにか欲しい物ある?」 「えー、この歳で?」 「この歳だからこそ、だろ。めでたいめでたい」 「それもそうね」 こういうところであっさり受け入れる潔さがいい。思えば長い付き合いで、このやりとりも少しずつ内容を変えながら、毎年繰り返している。 「ものっていうか、夢はある」 「ほう」 「私をめぐって争う男の修羅場が見てみたい」 なんだそりゃ、とのけぞる俺に、彼女は真面目な顔で熱弁する。 「だって考えてもみてよ、複数人から熱烈に求められるんだよ。一度でいいからそんな目にあっ

金環の術

 人差し指と中指。揃えてくるりと円を描く。金色の軌跡を引いて、空がまるく切り抜かれる。 「久しぶりだな」 「うん、ごめんね」 「いや」  そばに行けない、さわれない。ただ顔を見て、言葉を交わすだけ。そもそも世界の成り立ち、ことわりが違う。出会えたこと自体が奇跡だ。  なかなか魔法の使えなかった私が、水たまりに写った彼を見つけた。驚いてすくい上げたら、金色の光が右手に宿った。これが私の魔法。 「使える術は増えたか?」 「ううん、これだけ」 「力は、大事だぞ」  そういう彼は深く

宿願

「大きくなったら橋を作る人になるんだ、っていうのがあいつの口ぐせでした。  いや、ほんと小さな島なんで、若い頃は何かってと「出てってやる」って文句ばっか言ってたもんですが、本当に出てったのはあいつだけでしたよ。本土まで船でもまる一日かかるんだから、橋なんて到底無理だってみんなに言われながら、黙って勉強してるようなやつでした。それがまあ、まさか宇宙に橋を架けるなんてなあ」  島の沖合にすっと立つそれは星をつなぐ橋。撚り合わされた炭素の糸が強靭にはりめぐらされ、遥か彼方まで続いて

満月

はて、これはどうしたことだろう。 うちの床に狼が寝ている。薄明かりに浮かび上がる灰色の毛並み、三角の耳に長い鼻面、寝ぼけた頭でもわかる。いや、わからないけど。ふかふかだなあ。 「帰れないから泊めてくれ」と連絡がきたのは数時間前、終電には早いし人を呼べる部屋ではないし、そもそも男の人を泊めるのは。さんざん渋ったのはむしろ自分へのブレーキだ。ばかみたいにどきどきしたけれど、現れた彼は言葉少なく、水を少し飲んで眠ってしまった。規則正しく上下する上掛けが、憎いような愛しいような。でも

ふたりなら

 影がさす。見上げたすぐそばに、細面の整った顔立ち。左目のほうが少し小さく、不思議と愛嬌がある。  父の思惑は明らかだ。家の繁栄、すぐれた世継ぎ。一人娘に悪い虫などもってのほか。そうしてやってきたのが「彼」だった。見え透いたやり口に、憎しみすら覚える。  世継ぎなど残さない。こんな家終わればいい。言うなりになるくらいなら、私は一生ひとりでいい。  そう思っていたのに。  首筋に手を添えて、促すように横たわる。熱い息、淡く湿った皮膚、その下の躍動。これが、アンドロイドだなんて。

ふたり旅

「このへん、そもそも店がないのよね」 「えっ」 「大丈夫大丈夫」  なんとかする、と旅慣れた彼女は笑う。  昼下がりの小さな港。この日照りでは島民の姿もない。  空腹を抱えてとぼとぼ歩いていると、今度は向こうでばしゃんと大きな水音がした。 「気持ちいいー!」  桟橋の先、真っ黒に灼けた子どもたちに紛れて浮かぶ姿が眩しい。何を呑気な、と半ば脱力しつつ、リュックを下ろした僕は猛然とダッシュした。  島の子に連れられて海水でべたべたになった身体を流し、そのままお昼に呼ばれた。揃って

風のたより

「どんなに便利な世の中になったって、こればっかりはかえられねえ」とは我らが会長の口癖である。  これとは食道楽ばかりが揃った会合のこと、ともに飯を食うのは言葉を交わす以上の価値があると信じてやまないその男は、しかし先ごろぽっくり逝ってしまった。  気づけば顔ぶれは年寄りばかり。すわ解散かと思いきや、食への執念は衰えず健康維持もぬかりない。近頃は新たに若者を会に迎えることとなり、活気は増す一方である。  今日も今日とて焼き鳥三昧。宴もたけなわのその時に、目の前の焼台が火を噴いた

輪廻

「待ちかねたぞ」と奴は言った。  顔を合わせること即ち死を意味する宿敵。殺戮と転生を重ね、互いに人の姿で相見えるのは実に一千年ぶりのことであった。この世を滅ぼすほどの業を宿したその器が、此度は褐色の美丈夫として眼前にある。びりびりと肌に刺さる覇気。いよいよ相討ちを以て仕留めるほかあるまい。  思案する俺の首筋をぞろりと生暖かさが這い、琥珀の瞳にひたと見据えられた。いつの間に。そう思う間もなく腰を引き寄せられ、絶望の呻きに吐息が交じる。 「ほんとうに、待ちかねた」  殺し合いの

旅のおわり

「一緒にくる?」  うん、と頷くと涙が転がりでた。ずっとひとりだった。骨董品級の探知機が唯一の相棒となって久しく、たどりついた水辺は諦めと似た青に澄みわたっていた。  問いかけるかれは水をまとった蛇、流動する水の都市であった。綻びの目立つ機械の躰にはたくさんの生き物が棲みつき、無機と有機のモザイクに交信の光が乱れ飛ぶ。  ぽかんと見惚れる私の頭を大きな顎ががぶりと咥えた。喉の奥に渦巻く水流、その向こうの途方もない煌めきに目が眩む。めまぐるしい変化のなかで、早々に馴染んで嬉々と