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Tw300ss

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Twitter300字SSという企画に参加した作品をまとめました。気軽にどうぞ。
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おつかれさま

 細い細い、谷の奥。望んでは行きつけぬ隠れ里に、ちいさな庵がある。そこへ訪れた女がひとり、若旦那はつと顔を上げた。 「おや、またいらしたんですか」  仕方ありませんね、と吐き出す息は女の耳に届かない。物思いに沈んでうわの空、手を引かれるまま濡れ縁に腰をおろす。  耳をそよがせ尾をはたき、童たちは慣れたようすで世話を焼いた。髪を梳り爪を磨き、脳天から足先までを揉み解していく。これを仕上げと手渡したのは、とろりと椀に満ちる飴色。女はそれを飲み干すと、ほうと息をついてそのまま寝入っ

真夜中の攻防

ふっ、と目が覚めてカーテンの影が目に入った。 まただ。意識ははっきりしているのに、俺の身体はびくともしない。足元には女の影、実体もないくせにずっしりと居座って自由を奪う。たかが金縛りと寝直してしまえばすむのだが、こう何日も続くといいかげん腹が立ってくる。 (今日こそやり返してやる) ぐぎぎ、と力をこめると顔のない女の笑う気配がした。馬鹿にしてんのか。こうなったら徹底抗戦だ、手足にありったけの念を送り込み、とうとう力づくで縛りを解いてやった。 『なにするの』 「ほんとやめてくれ

腕枕

背を向けたままの新に、アーサーは困り果てていた。人として暮らしてまだ三年余り、女心どころかちょっとした感情の機微すら彼にはまだ難しい。 「新」 「なに」 腕枕をしたい、と言ったらへそを曲げてしまった。その華奢な背中がアーサーには愛しく、そして。 「……寂しいです」 彼女の横顔がちらとのぞく。 「腕枕は囲われてるみたいでイヤなの」 「新は愛人ではありません」 「そうなんだけど」 そこで思いついた。 「なら、お互いにしませんか。構造上は可能なはずです」 「メカじゃないんだから」

火影

「あるじ、ここは私が」 「こんな時ばかり臣下ヅラするんじゃない」  城はすでに焼け落ちた。否、この人こそが城である。  影としてともに育った。覚悟を固めた私に、彼はなおも言い募る。 「生き延びるならお前も一緒だ」 「まだ言うか」  拳で鳩尾を突くと、あるじは綺麗にくずおれた。その服を剥ぎ取り、己のものと入れ替えて、くたりと重たい身体を他の者にあずける。 「行ってくる」 「……ご無事で」  かれらが充分に離れたころを見計らい、石積みの上に立ち上がった。 「もはや逃げも隠れもせぬ

選ばない

リョウは優柔不断で、でも有言実行なことで有名だ。数多の娘を泣かせてきたが、約束はかならず守る。誠意があるのかないのか、しかしそういう男だった。 「私たちが溺れてたら、どっちを助ける?」 「うーん、選べないから、両方助ける」 「むりでしょ、みんな死んじゃうよ」 「死ぬのは嫌だな。でもきっと助けるよ」 あれ、めずらしいこともあるんだな、くらいに思っていた。そんな日々も遠くなり、我が子の手を引いて河川敷を歩いていたある日。 「お母さん、あれ」 騒ぎのほうを見やると、屈強な男が幼い子

長いたそがれ

石の塔のあるじはガラクタ集めの変わり者。翼はあれど岩屋に籠り、集めた品を愛でるばかりと人はいう。 鳥の人は夜目がきかない。予期せぬ黄昏に盲いたかれらは、塔のすみかへ殺到した。翼が絡まり押し合いへし合い、そこへほとりと灯ったあかりが、星のごとく皆を導いた。 「せいぜい、恩を着せてやればよいのに」 アカネは兄に不満を漏らす。ため息が出るほど美しかったクロガネの烏羽は、ぼそぼそと逆立ち見る影もなかった。自らを省みず、〈ガラクタ〉で塔のくらしを支えてきた兄。彼がもう飛べないことは、ア

自由

 はじめは岸壁沿いにいるクラゲだった。  のびちぢみする傘の模様をじっと見つめていたら自分のものになった。鱗の銀にひらめくアジ、陽光を遮る大きな影はエイ、潮流の碧を切り裂くカツオ、次々になりかわり、一体となって水中を駆ける。すかすかだった私の人生は、目についた生命を吸い込みながら奥深く泳いでいった。海は濃密さを増し、まとわりつく無数の渦が時間が食い物が呼吸がからだを通りすぎていく。しまいに私自身が押し流されて、ただの泳ぐ喜びと化した。  ひどく苦しくて目が覚める。明るさできか

ゆれる

 目の前の吊り橋は見るからに頼りなく、峡谷を渡る風にふらふらと揺れている。踏み出した足元がぎぎ、と鳴り、一瞬気が遠くなった。  それでもひたすら出口だけを見据えてじりじり進む。どうにか真ん中までたどり着いてひと息、次の瞬間ぐわんと世界が波打って、わけもわからず頭が爆発した。 「誰?!」  なんとか首だけ回して振り返ると、犯人は真後ろで満面の笑みを浮かべている。 「へへ、吊り橋効果!」 「殺されたいの?!」 「……あれ?なんか間違えた?」 「初めから終わりまで間違ってるよ!!」

おさななじみ

「枷、なんだって」 ベリルはつねに首から鍵を下げている。かせ?なにそれ?と首を傾げる僕に、賢い彼は「おまもりってこと」と教えてくれた。 変異は突然だった。異形をとったベリルの首から、鍵が悲鳴じみた音をたてて足元に転がる。なにがおまもりだ。僕がいなきゃどうしてたんだ。幸い足には自信があったから、苦しげに暴れる魔物に必死ですがりついた。遠のく意識の中で、がちゃん、と重たい手応え。 ほどなくして、一家はまちを出ていった。幸い鼻にも自信がある。見つけ出すのは造作もなかった。 「なめて

言語学者の弟子

「ひっ」  何気なくめくった敷布に縫い込まれた文字は怨嗟に満ちていた。目を輝かせて解析しはじめた師匠に代わり、青ざめた家主に問いかける。 「この品はどちらで?」 「知人から譲り受けたものですが…」  正直、来歴はどうでもよかった。見る間に師匠の筆が走り出す。菫色の軌跡は夜空の色に沈み、ひねった穂先からばちばちと星が散る。  どんな呪いも言葉である限りは対語が存在する。あらゆる言語に通じていれば、全て相殺できるのだ。筆だって市販品で十分。しかし。 「相変わらずひっどい字ですね」

異星の人

 金髪碧眼に鮮やかな身のこなし、絵に描いたように見目麗しき彼は自称異星人としても名高い。 はなから信じてなどいないが、じっさい世間知らずではあった。知識ばかりが豊富なわりに、どうも経験に乏しいのである。  思えば出会いから腹の立つ男だった。名を問えばどこの王族かと耳を疑う長さ、書いてみろと迫れば白々しく首を傾げる。僕の名を書いてみせると感じ入ったように頷き、書くとは文字をもつ種族だけの興味深い行為だなどと語りだす念の入りよう。なるほどこれは筋金入りだと諦めることにしたのだ。

魔法使いの弟子

 がつんと蹴躓いて思わず舌打ちする。  あれから踏んだり蹴ったりだ。身寄りもなく、稼ぎもなく、何をしでかしたか血眼になって師匠を追う輩の来襲に耐え、もうたくさんだと家移りを決めた矢先。行方をくらました師匠が唯一置いていった、こいつは因縁の旅行鞄である。  開ける気にもならなかったものが、さきほどの衝撃で留め金が弾け飛んだらしい。ひとりでに開いた中身に目を奪われた。  鞄いっぱい、みっしりとつくりこまれたドールハウス。暗い色合いで揃えた調度にエメラルドのランプ。のそりと動いたの

花と狼

 はた、と目があった。  五分咲きの桜の下、まだ冷たい風を紛らわすように酒ばかりが進む。あらかた片付いた持ち寄りの料理は見事にひとくちずつ残って群島をなしており、食べようにもひどく手が出しにくい。  ぱきっ、と小気味良い音が鳴って我に返った。車座の向こう側、相変わらず堂々と浮いている彼女が箸を割り、迷いのない手さばきですべての島をさらっていく。残った料理は漏れなく持参の容器におさめられ、綺麗に盛り付けて閉じられた。 「さ、飲みなおそ」  つい、と僕の腕を引っ掛けて、彼女はすす

婚礼の日に

「今からどうしろと…」 奥方を迎えるにあたり、あるじがまちひとつを贈り物にすると言い出したのが婚礼の三日前。臣下は揃って頭を抱えた。 「リボンでもかけますか」「寝言は寝て言え」 「花でいっぱいに」「それでは満足なさるまい」 「ところで奥方はどんな方なんだ」「知らないのか、なんでも実家はパン屋とか」 急に一人が立ち上がる。 「こんなところに籠ってるから煮詰まるんすよ。ちょっと出てきますわ」 止める者はいない。 当日。まちには市が立った。通りを彩るのは多種多様なパンと焼き菓子。