自由

 はじめは岸壁沿いにいるクラゲだった。
 のびちぢみする傘の模様をじっと見つめていたら自分のものになった。鱗の銀にひらめくアジ、陽光を遮る大きな影はエイ、潮流の碧を切り裂くカツオ、次々になりかわり、一体となって水中を駆ける。すかすかだった私の人生は、目についた生命を吸い込みながら奥深く泳いでいった。海は濃密さを増し、まとわりつく無数の渦が時間が食い物が呼吸がからだを通りすぎていく。しまいに私自身が押し流されて、ただの泳ぐ喜びと化した。
 ひどく苦しくて目が覚める。明るさできかない目で、おぼろげに人間の顔をとらえた。なにかを思い出しかけたところへ、エラに鋭利なひと太刀。
「お待たせしました、刺身定食です」

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