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言語学者の弟子

「ひっ」
 何気なくめくった敷布に縫い込まれた文字は怨嗟に満ちていた。目を輝かせて解析しはじめた師匠に代わり、青ざめた家主に問いかける。
「この品はどちらで?」
「知人から譲り受けたものですが…」
 正直、来歴はどうでもよかった。見る間に師匠の筆が走り出す。菫色の軌跡は夜空の色に沈み、ひねった穂先からばちばちと星が散る。
 どんな呪いも言葉である限りは対語が存在する。あらゆる言語に通じていれば、全て相殺できるのだ。筆だって市販品で十分。しかし。
「相変わらずひっどい字ですね」
「やかましい」
 その悪筆ゆえ、術が破られることもない。これも師匠の無敵たる所以だが、僕の修行もその解読から始まっている。道のりは遠い。

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