Social Distancingと遠距離恋愛

Social Distancing -社会的距離戦略。人との距離を空けることで医薬品を使わずに感染を防止する手段。

ここで、使われる距離はあくまで「社会的な」とか「医療的な」という意味合いが強い。しかし、私にとって、Distance (距離)という英語を見ると色々思い出すことがある。

東京~アメリカ西海岸まで

約9,000キロ。かつて留学していたとき、アメリカの彼女がいた。私の交換留学は2013年8月~2014年6月までで、その彼女とは2013年の10月に付き合った。そして2014年6月に交換留学が終わったため日本に帰国したが、結局2015年7月まで付き合っていた。その約1年間は遠距離恋愛をしていた。地球1周の距離が約40,075キロ。つまり、地球の4分の1離れて遠距離をしていた。当時、毎週土曜昼の14時からスカイプしていた。向こうは夜の22時。お互い大学生で、お金もなかったし、私も彼女も「いつか日本で会おう」という言葉に任せて、流され、結局私が社会人1年目の夏前に別れてしまった。7月の1週目の土曜日にスカイプして「もう別れよ」となってあっさり別れた。そのとき、思ったのが「距離に負けた」。

別にこのときのことは後悔していない。むしろ、いい経験だった。

東京から中央ヨーロッパまで

また、懲りずに遠距離恋愛をした。私の妻は中央ヨーロッパ出身である。国際結婚をしている。距離はまたまた約9,000キロ。地球の1周が短く感じてくる。妻とは結婚するまでに2年間付き合ったが、すべての期間が遠距離恋愛だった。出会ったのが妻の日本での大学留学が終わる最後の月だった。授業の履修がすべて終わって日本を観光して母国に帰ろうと、東京に遊びに来た時、運悪く私に捕まったのである。それからは、妻は旅行ビザで日本に来て、私も毎年1回の有給休暇を消化して、妻の国に遊びに行った。当然ではあるが、前回と違っていたことは、私が社会人になってお金があったことだ。
しかし、妻の国へは東京から直行便がなく、アブダビでの乗り継ぎが必要で、飛行機の時間と乗り継ぎに待つ時間を合わせて約20時間はかかっていた。現地に着くころは大概クタクタになって、やはり「人間は距離に勝てないな」と思ったのだ。

会えないのはつらい

今、一番つらいのは妻のほうだ。新型コロナウィルスのせいで飛行機は飛ばないし、各国も入国制限をかけている。自国民は入れるか入れないかは定かではないが、「帰るに帰れない」状態だ。もし、向こうの家族になにかあったら、すぐにかけつけることはできない。そんなことも承知で、日本に嫁いでくれている。私が距離に負けている暇はない。