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一時の流行で刹那的に消費されるものではなく、時代に左右されないもの、ずっと残るものを作りたい ― ㎡ / emuni グラフィックデザイナー / アートディレクター 村上 雅士さん インタビュー

こんにちは。クルツジャパンのタナカです。
箔を使いパッケージを創作するクリエイターのまなざしから、箔の魅力や新たな表現の可能性に迫るインタビュー企画。

今回お話をお聞きするのは、「キリン生茶」、「キリンレモン」のリブランディングや「アニメ チェンソーマン」「紅白歌合戦2023」のアートディレクションを手がけた村上 雅士さんです。

リブランディングやデザイン、クライアントとのコミュニケーションで重要なこと、箔を使ったパッケージ表現、ビジネスパーソンとしての仕事への向き合い方について、独創的なアイデアを提供してくださいました。

村上 雅士 さま/グラフィックデザイナー、アートディレクター。
1982年神奈川県生まれ。父、兄ともにデザイナーで、幼少期から芸術に囲まれて育つ。
2008年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。2012年に㎡ / emuniを共同設立。
JAGDA新人賞、東京TDC賞など国内外で多くを受賞。東京藝術大学 非常勤講師。

リブランディングの鍵は、現代のエッセンスと歴史を組み合わせること

ー これまで手掛けた中で、印象に残っているパッケージは何ですか?

「キリンレモン」の90周年リブランディングのパッケージです。「大人に飲んでもらえる飲料にしたい」というもので、アートディレクターとして、ロゴからパッケージ、広告のアートディレクションまですべてを担当しました。

写真: ㎡ / emuni HPより

ー リブランディングで重要視するのはどのような点でしょうか?

歴史を受け継ぎながら、ブランドの持つ要素のどこを新しくするかですね。そのために、リサーチすることが重要だと思っています。

キリンレモンは1928年に作られたブランドです。クライアントからの資料を読み込むのと同時に、人々の生活にどう存在してきたのかを入念にリサーチしました。

まずは、発売当時のパッケージを手に取りたいと思いアンティークショップを巡り、1週間かけてようやく出会えたんです。銭湯では、キリンレモンのロゴが入った椅子や看板も発見しました。「こういう色や書体を使っていたんだ」と当時のデザインを体感し、生活に浸透してきたブランドの姿を知る中で、外せない要素や大切にしているものを整理していきました。

ー キリンレモンで受け継ぎたいと考えた要素は何ですか?

90年前のパッケージに入っていた、「聖獣麒麟」のロゴマークです。リブランディングでは聖獣のマークを復活させ、英語表記の「KIRIN LEMON」の文字も当時の書体を参考に制作しています。

そこに、レモンのシルエットをアイコンで使うなど現代的なエッセンスも取り入れました。歴史と現代を組み合わせることで、ありそうでなかった、新しいデザインを作り出すことができると思っています。

一時の流行で刹那的に消費されるものではなく、時代に左右されないもの、ずっと残るものを作りたいという思いが強いですね。


クライアントと作り上げるデザインの醍醐味

ー デザインをする上で大切にしていること、常に考えていることは何ですか?

店頭に並んだときに、パッと目が留まるかどうかは考えています。

2024年4月にリニューアルした「キリン生茶」のパッケージは、白色を基調にしています。従来は、お茶のパッケージといえばほとんどが緑色、そうでなければ、お茶として認識されないので売れないという印象を持たれていました。

しかし、白ベースの方がお茶らしい佇まいや、味わいを表現できるのではないかという発想の元、デザインに着手。ボトルはガラス瓶を思わせる形状にし、現代を感じられる白を基調としたパッケージデザインで新しい緑茶のイメージを表現しました。

写真: ㎡ / emuni HPより

緑茶のイメージカラーである緑色のパッケージデザインが多い中で、「こういう緑茶もいいよね」と視線を一瞬でとらえる工夫を、デザインに持ち込むことが理想だと思っています。

ー デザインを提案する際に心がけていることはなんですか?

デザインする以上、一番いい手段を提案したいという気持ちがあるので、まずはクライアントへのヒアリングを大切にしています。

クライアントの「こういうイメージにしたい」という言葉の奥にある、そのイメージに至った理由や、実現したいことは何かを聞くようにしています。たとえば、青にしたいと言われたら、「どうして青なんですか?」と訊ねてみると、クライアント自身も自覚できていなかった面が浮かび上がってきます。

提案時の相手の言葉や表情、言葉には現れないリアクションを見ながらチューニングしていきます。

ときには提案に対して、難色を示されることもあります。でも、このヒリヒリ感がデザインの醍醐味なんです。

僕らに期待されていることは、リブランディングによって、今の延長線ではないその先へ行くことですから、自分の考えを信じて、これが良いというものを、クライアントにどう理解してもらうか、どう信頼してもらうか。

そのために、幅広くデザインを作り、言葉で丁寧に説明する、一連のコミュニケーションも含めてデザインすることだと思っています。


箔を加えると奥行きが生まれ、2Dが立体に変化する

ー 箔を使って制作したパッケージを紹介していただけますか?

「アニメ チェンソーマン」のDVDとBDのパッケージに箔を使いました。文字は透明箔などを用いて際立たせています。

写真: ㎡ / emuni HPより


SWITCH Vol.40 No.10 「特集 チェンソーマン、出現」にも、箔を大きく取り入れました。雑誌でこれだけの量の箔を扱うことはかなり珍しいのですが、表紙の全面に赤い箔を使用しています。

写真: ㎡ / emuni HPより


生茶の商談用に制作した化粧箱では、お茶のボトルを箔で表現。商談の場で力を発揮し、驚きを持って受け入れてもらえているようです。


山形にある酒蔵、高木酒造の「十四代 Int’l」のラベルと化粧箱では、黒い紙の上に黒箔を重ねてデザインしました。

写真: ㎡ / emuni HPより


ー 箔を使うことで、どのような効果が生まれますか?

手に取る方の印象がかなり変わると感じます。ただ紙に刷るだけだと、どうしても2Dの世界で、モニターで見る世界と大差がありません。箔を加えると奥行きが生まれ、物体の存在感が増すところが、すごく気に入っています。

そして箔の光の反射は、人の目を惹きつけます。表現できるコントラストは通常の印刷とは比較にならないほど。この視覚的な特性を『しかけ』として使って、人を魅了することができます。

ー この箔が好きだな、という「推し箔」はありますか?

推し箔ではないですが、いつか使ってみたいのは「特殊ホログラム箔」です。クルツのポスターで、鳥のくちばしをホログラム箔によって立体的に見せているのを目にしたことがあって。チャンスがあれば、使いたいなと思っています。

時代の変化をとらえ、世の中にないものをデザインする

ー パッケージデザインの変化を、どのようにとらえていますか?

グラフィックデザインに比べて、パッケージデザインは世の中の変化に直結していて、すごい勢いで変わってきていると思います。

たとえば、パッケージを変えることが地球環境への企業姿勢を示すことになっています。ペットボトル飲料の全面を包むシュリンクラベルから帯状のロールラベルにすると、プラスチックフィルムの使用量を減らすことができるメリットもありますよね。ラベルは、今後なくなっていく可能性もあると思います。

でも、デザインにとってネガティブだと、一概にとらえているわけではないんです。

昔に比べ、モールド成型時にペットボトル自体に直接文字をいれることもできるようになりました。たとえラベルの面積が狭くなっても、その制約をうまく使ってデザインすることもできます。

ー 自動生成AIの登場をどう感じていますか?

おもしろい技術ですよね。ただ、AIは過去のデータを解析して作られたものなので、現段階では、新しいデザインを作り出すことはできません。

「今は存在していないけど、この先必要だよね」という、未来のビジョンを提案できるのは人間だけです。デザイナーとして世の中にないものをいかに提示するかが大事だと思っています。


週末は八ヶ岳へ。仕事を客観視することで、見えてくるデザインがある

ー デザイナーとして意識的にインプットしていることはありますか?

意識しているのは、自分がどういうものに目を向けたり、心を奪われるのかということ。「ポスターの表情がかっこいいな」、「壁のテクスチャーがおもしろいな」など、ちょっとした質感を常にインプットしてストックしています。

そしてインターネットや写真ではものごとの一面しか見れていないとも感じていて。写真の向こうにはたくさんの情報や質感があるはずです。新しい美術館ができたら足を運んでみる、海外に行ってみるなど、直接見に行くように心がけています。

ー デザインに向き合う秘訣を教えていただけますか?

客観と主観を行き来することが重要ですね。美術の基礎訓練であるデッサンは絵に近づいてディティールを描き込んで、絵から離れて遠くから形が正確に捉えられているか確かめることを繰り返します。これは、デザインでもすごく大事だなと思っています。

主観でデザインすると、魅力的だけど受け入れられづらいものになります。一方、客観で作ると馴染むんだけど魅力が薄れてしまうんです。日常的に東京でデザインの仕事をしていると、意識がひとつの価値観で固定化されて、客観的に良いか悪いかの判断がしづらくなると感じていました。

最近は、週末になると東京から離れ、八ヶ岳で過ごすようにしています。都会や作られたものから離れ、自然の中で過ごし、再び東京へ戻ってくる。すると、月曜日には金曜日まで進めていたことを客観的に見つめることができます。

以前は土日も仕事を詰め込んでいたので、仕事をする時間は減りました。でも、研ぎ澄まされた感覚があって、短い時間でアウトプットができるようになった印象です。

主観と客観を行き来する、それが可能な環境に身を置くことで見えてくるデザインがあると思っています。


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少し前に駅の売店で(その時は、村上さんのデザインと知らなかった)、吸い寄せられるように手にした生茶。たくさんのお茶が並ぶ棚の中から、私が無意識に『やさしさ』や『ひと味違う』印象を感じ取ったのだと思います。

今回のインタビューでは、村上さんがデザインをする上で大切にしておられることについて教えていただきました。デザイナーやクリエイターを目指す方にはとても参考になるお話であることはもちろん、私自身も普段の仕事への刺激となり、仕事への向き合い方を改めて見直す機会となりました。

村上さん、貴重なお時間ありがとうございました!


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