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アイムシリウス。

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特にやりたいことは無い。でもつまらない人生にはしたくない。これまで、悪くはないけど別に良くもない人生を送ってきた瀬名月見(セナツキミ)には、みんなから羨ましがられる「女優」の彼女…
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#小説

小説「アイムシリウス。」(14)

小説「アイムシリウス。」(14)

「あっちの方はオーディションやってるからあんまり近づいちゃダメだよ。声もダメ。あとこっちがトイレ。この階のやつしか使っちゃダメだって」
 夏来こころ(ナツキココロ)が初めてオーディションにやってきた瀬名月見(セナツキミ)のために、会場の案内をしている。月見は入り口で一通り案内スタッフから説明を聞いてきたので全部知っていたが、今はとにかくこころが側にいてくれるのがありがたくて、熱心に説明を聞いていた

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小説「アイムシリウス。」(13)

小説「アイムシリウス。」(13)

 燈孝之助(アカシコウノスケ)は夏来こころ(ナツキココロ)にイライラをぶつけていた。
「ほらあいつらも!もうこんなに応募者が殺到すんなら、カップル応募以外に受かる道なんかねぇだろ!」
「そんなに自信無いならやめときゃ良いじゃん」
「あ!? あるわ! そもそも選ぶ側に俺らを選ぶつもりが無ぇだろって話」
「うるさいなー、済んだことをいつまでもごちゃごちゃと。女子か」
「元はと言えばあんたの彼氏のせいで

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小説「アイムシリウス。」(12)

小説「アイムシリウス。」(12)

 まだ完成して間もなく、よく整備された公園の広場は、快晴の天空とよく釣り合っている。広場にはベンチが点在しており、それらの中でも、真後ろに色とりどりの花が咲く花壇が添えられ、一際映えを狙えるロケーションが、今日撮影するシーンの芝居場であった。芝居場付近にはドライ(カメラ抜きで行うシーン通しリハーサル)を終えたばかりの、ヒロイン清子(サヤコ)を演じる白羅真鳳(シララマトリ)、清子が目撃するカップル役

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小説「アイムシリウス。」(11)

小説「アイムシリウス。」(11)

『慢性鼻炎の私』
監督:水田麻子
主演:白羅真鳳
(第1話より抜粋)
両方の鼻にティッシュを詰めたまま、不機嫌に公園を歩いている清子(さやこ)。目の前のベンチで、楽しそうにイチャイチャしているカップルが目に留まる。
ナレーション(霧島清子、35歳独身。恋も仕事も、上手く行かないのにはある理由があった。彼女はそう! 慢性鼻炎である!)
清子「ズビッ(鼻をすする音)」

「芸歴3ヶ月で台本をもらえるな

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小説「アイムシリウス。」(10)

小説「アイムシリウス。」(10)

「初めまして、陸上と申します」
「あ、どうも。すいません今日名刺持ってきて無くて」
 瀬名月見(セナツキミ)は、財布に数枚でも名刺を仕込んでおかなかった過去の自分を責めた。目の前の男に初対面でいきなりナメられるのが嫌だったからだ。陸上(クガミ)と名乗るその男はスーツの着こなしに一切の隙がなく、いかにもやり手の若手実業家、といった印象であった。ところが本人の話によると、彼は月見の高校時代のクラスメー

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小説「アイムシリウス。」(9)

小説「アイムシリウス。」(9)

第二話 と、力無く膝を付き、天を仰ぐ月見。

 全国展開しているその大手カフェチェーン店の店内では常に客が入れ替わり立ち替わり、カフェと言えど長時間寛ぐにはもはや適していないかもしれない。そこの手狭な2人掛けテーブルには、時折太い眉を動かし相手の様子を伺う男、燈孝之助(アカシコウノスケ)と、とにかく早く帰りたいなと思っている夏来こころ(ナツキココロ)が座っていた。
「なぁ頼む! 俺とやろう!」

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小説「アイムシリウス。」(8)

小説「アイムシリウス。」(8)

 エキストラの撮影が終わった頃にはもう日が傾き始めていた。夏来こころ(ナツキココロ)はそれからずっと、行方不明となった恋人、瀬名月見(セナツキミ)を探し続けている。撮影現場周辺は一通り探したし、月見の家にも連絡したが帰っていないらしい。撮影現場でこころのことを心配したエキストラの数人が一緒に探してくれていたが、さすがにこれ以上は申し訳ないと帰ってもらい、今は1人で探している。探す範囲を広げることや

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小説「アイムシリウス。」(7)

小説「アイムシリウス。」(7)

「カット!」
 助監督の豊島(トヨシマ)が進行中の演技を止めた。部下役のエキストラが、動き出すタイミングになっても一向に動かなかったためである。周りのスタッフ達は、何が起こったのかと気にしながらも、相変わらず自分の役割に集中している。

「え?」
瀬名月見(セナツキミ)は、自分が招いた事態であるにも関わらず、まるで何も理解していない声を発した。すると、いつの間にか間近にいた助監督の木部(キベ)と目

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小説「アイムシリウス。」(6)

小説「アイムシリウス。」(6)

 本番前の現場に戻った瀬名月見(セナツキミ)は、周りのスタッフに迷惑を掛けないことを最優先にしながら、助監督の木部(キベ)に教えてもらった芝居の段取りを1人で確認していた。演技を見た事はあってもしたことなどは無かったため、相変わらず自分の心臓の鼓動は聞こえていたが、もうこれ以上人に迷惑を掛けまいと覚悟を決めていた。ふと部屋の窓から下の広場を覗くと、デモ隊がわらわらと動いているのが見えた。彼らの中に

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小説「アイムシリウス。」(5)

小説「アイムシリウス。」(5)

「すいません部下の方、もうちょっとゆっくりめに歩いてください。先に白金さんを通してほしいです。」
 助監督の豊島(トヨシマ)は、唖然とした表情でこちらを見る瀬名月見(セナツキミ)に声を飛ばした。声も見た目も、自分では普通にしているつもりなのに、なぜかいつも周りから怖がられているのが豊島の悩みであった。今回も怒っているわけではなく、むしろ意識して親切に言ったつもりであったが、月見の精神に追いうちをか

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小説「アイムシリウス。」(4)

小説「アイムシリウス。」(4)

 この日「裁定者 Second」の撮影は1日を通して行われる。現場には撮影スタッフの他に、主演の勾坂雅弥(サキサカマサヤ)と何人かのキャスト、それから100人超のエキストラがいる。エキストラ達の今日の主な役割は、検察庁のビルの下でデモ活動をする住民の役である。その登場シーンは、とある検事に裁判での重大な不正が発覚し、検察全体の信用が問われる事態になるという、かなり深刻なものであった。
 撮影は、建

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小説「アイムシリウス。」(3)

小説「アイムシリウス。」(3)

 2021年3月27日土曜日。オフィスビル下の広場には、100を超える数のエキストラが密集していた。彼らの中には、俳優の下積みとして参加している者もいれば、今日撮影するドラマの主演、勾坂雅弥(サキサカマサヤ)を一目見るためにやって来た者、さらには「裁定者」ドラマシリーズの続編と聞いて駆けつけた、ドラマのファン達などもいた。そんな彼らは、ちらちらとオフィスビルの上の階を気にしていた。最上15階。ここ

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小説「アイムシリウス。」(2)

小説「アイムシリウス。」(2)

 学校からの帰り道。瀬名月見(セナツキミ)と夏来こころ(ナツキココロ)は恋人同士であるが、手を繋いだりはしない。とはいえ逆に、別々で帰ることもしない。それが公共の場で取るべき2人の距離感だと、お互いが共通認識を持っていたのだった。
 こころとしては、当然もっと恋人同士としての時間が欲しいと願っていた。しかし一方で、芸能人としてのプロ意識を持つ彼女にとっては、異性との関わり方を考えることもまた、必要

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小説「アイムシリウス。」(1)

小説「アイムシリウス。」(1)

第一話 と、息を潜め、ただ辺りを見ている月見。

 2030年6月6日。この日はとあるニュースで持ちきりとなっていた。
 俳優、勾坂雅弥(サキサカマサヤ)(44)の電撃結婚である。
 相手は一般女性で、勾坂より2つ年下、元宝塚女優、白羅真鳳(シララマトリ)似の美人妻だと言われている。
 勾坂の結婚が話題となったのは、勾坂が超人気俳優なためであることは言うまでもない。しかしそれ以上に人々の関心の的と

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