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小説「アイムシリウス。」(13)

 燈孝之助(アカシコウノスケ)は夏来こころ(ナツキココロ)にイライラをぶつけていた。
「ほらあいつらも!もうこんなに応募者が殺到すんなら、カップル応募以外に受かる道なんかねぇだろ!」
「そんなに自信無いならやめときゃ良いじゃん」
「あ!? あるわ! そもそも選ぶ側に俺らを選ぶつもりが無ぇだろって話」
「うるさいなー、済んだことをいつまでもごちゃごちゃと。女子か」
「元はと言えばあんたの彼氏のせいでこんなことになってんだぞ! まったく、とんだ損害だよ!」
「月見は悪くない!」
 そこそこの声量で口論していた2人だったが、それが目立たないほどにオーディション会場の控室には人が溢れていた。今日はオーディションのためにオフィスビルの1フロアを貸切り、そこにいくつかのオーディション部屋と、参加者控室、スタッフルームなどが設置されている。参加者たちはとびきり大きい大部屋の控室に次々と案内され、受付時間の早い者達から順次オーディション部屋へと移されていった。孝之助が見ていた通り、カップル単位で応募した組が優先的に案内されているようだった。
 孝之助から離れたこころは、気分転換でもしようと控室の入り口の扉を引いた。
「うわあっ!!」
「わ、ごめんなさい!」
こころが気遣おうとした目の前の男は、
「・・・月見?」
瀬名月見(セナツキミ)だった。

【オーディション1次選考当選者の皆さまへ】
1次選考通過おめでとうございます!
2次最終選考は5月23日のオーディションとなります。皆さまにお会いできることを楽しみにお待ちしております。
つきましては、以下にオーディション詳細を記載しております。作品タイトル、キャスト等全て未公開の内容となりますので、情報の取り扱いにはくれぐれもご注意ください。

(中略)

〈作品紹介〉
『カメラに見切れたキスのこと(仮)』
原作:およよさと実『カメラに見切れたキスのこと』(『Lovers』連載中)
監督:哀原デューク
出演:若菜百春、一矢、他
『Lovers』で連載中の大人気漫画を、先日アイドルを卒業し、女優に転向されて話題の若菜百春(わかなももか)さんと、数々の2.5次元舞台にご出演され活躍を続ける一矢(カズヤ)さんのW主演で映画化します!
本作は、「恋愛リアリティショー」を舞台とした笑って泣けるラブロマンス映画となっております。カメラが回っている時と回っていない時、登場人物達のオンの顔、オフの顔をそれぞれの描き、そこから生まれる人間模様がテーマの作品でございます。

〈オーディション詳細〉
 今回参加者の皆さまに演じていただくのは、恋愛リアリティショーに参加する「ゆかり」と「ガク」という2人の男女です。
 ゆかりとガクはカメラのあるなしに関わらず仲が良く、程なくしてリアリティショーからの卒業を迎える2人です。もはや他の参加者が立ち入れないほどの、強い2人での絆を示していただき、他の参加者達にとってある種のお手本となるような、重要な役どころを担っていただくこととなります。

 オーディションは、「女性(ゆかり)のみ」、「男性(ガク)のみ」、「掛け合い」の3パートにそれぞれ分けて行います。ご自身に該当するパートのセリフを当日読んでいただくこととなりますので、そのつもりで各自ご準備をお願いいたします。(通常応募、カップル応募に関わらず、全該当パートの演技を見させていただきます。)

○ゆかりパート
ゆかり「みんなゆかりのこと、ヤだったよね。ごめん! 自分勝手で。昔からそうだったんだ。何かあるたびに絶対自分の意見通したくなっちゃって、その度に敵作って、ほんと・・・バカなんだよ。」

○ガクパート
ガク「やめてくれよ、もう。みんなして俺を子供扱いする・・・虚しくなるんだよ・・・何やっても上手くできなくて・・・みんなどんどん先に進んでんのにさ。「よく頑張っててえらいねー!」とか、「才能あるよ!」とか、そんなんばっかり。俺には結局、何にも無いんだ。」

○掛け合いパート
ゆかり「ゆかり、好きなの。ガクのこと。」
ガク「うん、ありがとう。嬉しい。」
ゆかり「・・・」
ガク「・・・」
ゆかり「はぁ。なんで好きな事を伝える言葉って「好き」しか無いんだろ。ゆかりはこんなに好きなのに。」
ガク「・・・伝わってるよ。」
ゆかり「伝わってないよ!全然伝わってない・・・。こんな環境で、こんな限られた時間で、ゆかりどうしたら良いの。」
ゆかり、不意にガクの手を握る。
ゆかり「ゆかり、他の女子と並びたくないの。1人だけ・・・ガクがたった1人だけ好きな彼女になりたい。」
ガク「・・・」
ガク、そっとゆかりの手を放す。
ガク「・・・なんで?」

 演技経験の無い月見は「ゆかりとガクの絆を示せ」と言われても何だかよく分からず、とにかく「ガクパート」と「掛け合いパート」のガクのセリフを何とか覚えてオーディション当日を迎えた。月見がこの案内を受け取ったのは5月20日の水曜日であり、オーディション当日の土曜日まではずっと仕事でそれなりに忙しくしていたので、こころに面と向かって言い出すタイミングは取れなかったのだった。それよりも当日いきなりこころの前に顔を出して、驚かせてやろうと考えていた。
 オーディション会場には、人が大勢いた。案内スタッフ達は忙しなく動き回っていて、月見はかつてエキストラの現場で経験した感覚が蘇り、鳥肌がたった。控室に案内される途中、建物の外から控室のある階の廊下までで、20人ほどは参加者の姿を見ただろうか。その全ての者達が、見るからにオーディションへの意気込みを募らせているのがわかった。
 作品の世界観や自分たちの役作りについて議論する者。過去に自分が出演した作品について友達と話している者。紙に打ち出した台本に向かって唱えている者。何だかわからない奇声をしきりに発している者。参加者達は千差万別な方法で先のオーディションに立ち向かっていた。月見はその光景に震え上がり、数日前こころに何も言わなかった自分を責めた。とにかく、こころに会いたかった。案内スタッフから控室の扉を示された月見はおそるおそるそこへ向かい、扉の前で一つ、大きく深呼吸をした。そしていよいよドアノブに手をかけようとした瞬間、とてつもない勢いで扉が自分から離れて行ったのだ。
「うわあっ!!」
「わ、ごめんなさい!」
突如開かれた空間から飛んで来た声は、そういえば聞き馴染みのある声だった。
「月見?」
「こころちゃん。」
もうほとんど泣きそうになっていた月見は、思わず昔の呼び方でこころの名前を呼んだ。

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