童話書店の夢みるソーネチカ ~雛鳥を追いかけて3~
親子の入店が増え、籐馬が対応を始める。
柳木も千花も談笑の中でカップの中は空になっており、準備を始めようかと荷物に手を伸ばす。スツールから飛び降りたところで、スイーツ美女の彼女に声をかけられた。
「もしかしてふたりは読み聞かせのスタッフさんですか?」
パソコンを閉じ、背中で振り返った彼女に千花は首肯した。もう怯えていないあたり、会話の中で柳木の無害さを汲み取ったらしい。
「はい、これから私が本を読むんです」
そう言ってトートバッグに覗く絵本を軽くノックしてみせると、彼女は大きく目を開いて両の手をパチンと合わせた。
「私この読み聞かせイベントに参加しに来たんですよ!取材ともいいますが」
取材、という単語に千花は頬がこわばるのを感じた。柳木からそんな話は受けていないが、取材とは店内に流れるあのニュースに集約されるアレなのか。
ちらりと見上げた様子では、柳木にも思い当たりはなさそうだ。首をかしげるふたりを見て、彼女は慌てて自身の身の上を説明した。
「言葉足らずで良くなかったですね。私は土佐泉教育大学二年の千種美波といいます。有志の地域住民の方が『土佐泉芸術文化新聞』というものを発行してまして、私も活動に参加してるんです。今日はそれもあって見学に来ました」
想像される大仰なものではないと説明され、肩の力が抜ける。万が一黒光りするカメラなど向けられたら、緊張で舌が七転八倒間違いなしである。
ともかく、偶然隣に居合わせたスイーツ美女が、千花と柳木が運営する読み聞かせのために足を運んでくれたことが嬉しかった。
「でも記事は目的ではなくついでです。私教育に興味がありますから、自営業の書店が子ども向けに開くイベントって魅力的じゃないですか。だから自分のために来ました。取材は拒否してもらっても構いません」
席を立ち、慇懃な挨拶をする美波に、千花は尊敬の眼差しを向けていた。佇まいからインテリな気配はあったが、手を挙げて地域住民との活動に参加できる主体性があり、休日をイベント見学に捧げる勉強家だと分かる。
千花の目指す教育者をおそらく彼女も志している。とすれば、彼女は千花の理想と表現して間違いない。内面にしても外面にしても、余さず人間的に。
「芸術文化新聞っていやあ確か図書館に置いてあったな。若い人間が老人の余生の楽しみに手え貸すとは、さぞ喜ばれてんだろ」
「柳木さん言い方!」
失礼極まりない道楽呼ばわりに、片肘で柳木の腹部をつつく。苦笑を手で隠した美波は、かぶりを振って千花をなだめた。
「実際その通りですよ。でも、趣味が社会貢献なんて素敵ですよね。刷られた新聞は図書館のような公共施設とか、許可を得た飲食店なんかにおいてもらってます」
ということは目についていないだけで、千花の身近にも新聞は置かれていたらしい。今度図書館に行ったときに探してみようと千花は考えた。
「記事は書いてもらっていい、というかぜひこいつの晴れ姿を文字に起こしてやってくれ」
そういって千花を指さす柳木の目は、嫌がらせしたいという不義な思いやりを感じさせた。監督者だからって、うろたえる千花を見て楽しむつもりなのだ。
だからといって断ることはできない。有志の方の新聞とはいえ、たくさんの施設に設置されるのだから宣伝効果が期待される。読み聞かせを成功させ、読み手としてふさわしいコメントが出来れば、柳木は千花に足を向けて寝れまい。柳木への報復という新たなモチベーションを獲得し、千花は前向きとなった。
男らしく千花の分も勘定した柳木に感謝を伝え、座敷スペースでの準備を開始する。といっても本来そこにあった机は入店時に片づけており、千花は読み手ついでに任された参加者への挨拶を反芻し、柳木は籐馬との打ち合わせをしていた。
この読み聞かせは、ふたりが自営業かつ向かい合わせに店があることで実現している。読み聞かせスペースを確保し、なおかつイベント後に客寄せが可能という利点が『CLOVER』にはある。一方『ロゼッタ』も、子どもたちの保護者を新規客として呼び込むことができる。毎月開催のイベントだからこそ、リピーターを狙いやすいのだ。
読み聞かせのある四十分間は、来店客を親子に絞っている。一般客への配慮と、母親たちにとっての交流の場とするためだ。実際に千花が先月参加したときには、カウンター席に座るママ友たちが話に花を咲かせていた。利益以外にも目を向けられる経営者の鑑だなと舌を巻いたものだ。
進行やセリフは問題ないだろうと壁にもたれかかると、靴を脱いで座敷に上がる美波と目が合った。彼女はなにかを閃いたように顔を明るくすると、細かなストライドで千花の横に近づいた。
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