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書評「人が自分をだます理由 −自己欺瞞の進化心理学−」

「いわば医療には、巧妙な大人版の『痛いの痛いの飛んでいけ』と言える部分があるのだ」

この言葉は、本書で提唱されている「衒示的ケア」をうまく表している。衒示とは「見せびらかす」という意味である。見せびらかしの医療とはどういうことか。

アメリカのランド研究所で実施された社会実験によると、医療費を満額助成されたグループとそうではなかったグループを比較した結果、満額助成グループは医療費を45%も多く使ったにもかかわらず、生理学的な健康状態の指標(血圧・歩行速度・コレステロール値など)に差はなかったという。

つまり、アメリカの国民は医療を過剰に消費していると考えられる。おそらく日本でも同様の結果が得られるであろうことは想像に難くない。風邪で受診すると休養と水分摂取と栄養補給ではなく抗菌薬が処方されるのはそれを象徴している。

問題は、私たちの医療行動の動機が「健康状態の維持・増進」ではなく「見せびらかし」になりやすいことである。

周囲の人が健診や治療を受けていると自分も受けなければと見栄を張ってしまったり、高度な医療(に感じられるもの)を受けた方が治ったような気がするという思考のバイアスはその一例である。

リハビリテーションも例外ではない。

リハビリテーションは関節や筋肉を動かしたりマッサージをしたりするものだという誤解はいまだに根強い。例えば、適切な運動を自宅で行うように指導したり、安全な生活動作ができるように環境を整えたりするのもリハビリテーションの重要な役割だが、それだけで終了しようとすると「今日はリハビリはしないのですか?」と言われることも少なくない。

その結果、必要がないと感じていながらもマッサージやトレーニングを行って費用がかさむ。ここでいう費用とは金銭的な費用だけではなく機会費用も含まれる。他の患者の治療に費やせるはずだった機会を失ってしまうかもしれないのだ。

これは私たち療法士自身の問題でもあり、自己を欺いた結果であるともいえる。

本書は人がなぜ自己を欺いて本当の動機を隠すのか、それによってなぜ他者を欺く必要があるのかを、進化心理学の観点で詳細に考察されている。

進化心理学とは、人間の心理が進化の過程で獲得した生物学的適応の産物であると考える学問であり、多くの心理学的メカニズムを説明できるメタ理論でもある。

本書の第一部は自己欺瞞と進化心理学の総論、第二部は会話、教育、医療、宗教、政治などの各論という構成になっている。関心のあるテーマから読んでも興味深い知見が得られるので、まずは手に取ってみることをおすすめしたい。

ケヴィン・シムラー ロビン・ハンソン 著(2019年)

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