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階段の上にあるものは 第782話・3.16

「いよいよ来たぞ、この階段の上にあるもの。そこにはこれから味わえる自由が待っているんだ」
 イシイは上に続く階段を見上げる。イシイはここまで来たのには理由があった。ここはある宇宙域にある惑星。この惑星ではひとつの国家が支配していた。ここは身分制度が生まれながら決まっている。イシイはこの世界では奴隷第3層に生まれた。この階層はこの世界の身分制度では下の中くらいのポジション。最高位は、神と呼ばれる絶対的な層。わずか数十人だけで構成されている国家の支配者たちである。

 その下に地域ごとに支配する王侯や貴族がいて、富裕平民、一般平民、その下が貧困平民だ。そこまでは国を自由に行き来でき、職業を自由に選べる身分である。
 だがその下の奴隷層になれば、自由に行き来できない身分。この奴隷層の中でも最も下の層になれば、まさに家畜以下の扱いとなる。イシイは5段階ある奴隷層のちょうど中間。自由に移動はできず、おもに一般平民の使用人としての人生を全うするしかない。

 イシイはひそかにこの国からの脱出を夢見ていた。実はこの星から脱出した先には別の国の星があると、仕えている主人から聞いている。イシイの仕える主人は富裕層までとはいかないが、そこそこのお金を持っていた。そしてこの国では変わり者らしい。
 奴隷層を単なる家畜のように使用人として扱うのではなく、人として扱ってくれた。あくまで使用人だけど、時間さえあればイシイに対し主人はいろいろな知識を教えてくれる。だから本来イシイの身分では知ることのないようなこと。つまりこの国の外にも別の国の存在があることを主人から聞いていたのだ。
 とはいえイシイひとりでは何もできない。イシイはただ夢としての想像を膨らませ、頭の中での世界を楽しんでいたのだ。そのうち頭の中ではすぐにわすれるからと、主人からもらった使い古されたペンとノートで空想の世界を書き写していた。


 ある日、イシイは主人に呼び出された。「イシイよ、君は私の使用人であるな」「はい、ご主人様」椅子に腰かけパイプからたばこの煙を吹かせる主人。
イシイは膝まづく。これがこの国の奴隷層に生まれたものの宿命。主人は話をつづけた。「だが、悪いがな、実は君の代わりに別の使用人を、今度飼うことにした」

「え!」イシイは驚きのあまり絶句。これは使用人からクビにされたといわれたようなもの。クビにされた奴隷層は奴隷市場に売られ、別の主人の下に飼われて行く、その主人がどういう人物か選ぶ権利がない。イシイは今のいろんなことを教えてくれる主人とは離れたくなかった。だがそれをイシイが選ぶことはできない。

「ハハハハア!そんなに驚くなよ」主人は笑いながら椅子から立ち上がる。
「私は、一般の人たちと考えが違っていてね。君は使用人ではあるが、一緒に住んでいてどうも素晴らしい可能性がある気がするんだ。悪いけど君のこのノートを読ませてもらったよ」「あ!」イシイはいつの間にか主人に空想の内容を読まれたことで、恥ずかしくなりうつむいた。

「そんなに恥ずかしがることはない。これを読んで私は確信したよ。君は奴隷層にいるような存在ではないとね。どうだ、平民として独り立ちしては?」
 主人から意外なことを言われ、さらに戸惑い、目が動揺するイシイ。「独り立ち...…で、でもそれは」
「もちろん、今の君の身分がわかれば、当局に処罰されるだろう。だが、私としては可能性のある君をこのまま使用人のままにするのは惜しいと思ってな。そこで君を私と同じ身分のあるものとして偽装する。つまり私の弟ということにな」

「ご主人さまの弟!」あまりにも唐突なことでイシイは顔が硬直する。主人は膝まづいているイシイの目線居合わせるようにしゃがいこむ。
「そう、いろいろと法的な書類を用意した。これは本来この国では御法度。バレてしまえば、場合によっては私にも咎がくるやもしれん。そこでだが、君はこの国から出ていくというのはどうだ?」
「国からですか」
「そう、実は明日の朝に、遠く離れた別の国に向かう国際宇宙船が出港する。すでにチケットと、その国で永住できる書類をこちらで用意した。あとは君次第だ。この国で使用人として無難に生きるか、別の国でどうなるかわからないが、チャレンジできる人生を送るかだな」

「その国には身分制度とかは!」イシイの質問に主人は小さくうなづく。
「うん、悪いが、私も行ったことのない国でな詳しいことはわからない。だが君はこの星から移住するからその国では外国人だ。私が聞いた情報では、その国は、外国人を含め誰でも自由に国中に移動できるし、好きな仕事に就けるようなことを聞いた。だがあとは君の努力次第だ。さてどうする」
 主人はそう言って視線をイシイに向ける。主人の視線は鋭い。イシイは主人と目を合わせたがすぐにそらす。だがここでの選択肢は迷うことなく決まっていた。すぐに視線を主人に合わせると「行ってみます。ご主人様の御厚意に甘えさせてください」

 こうして当日主人に伴われイシイ。服装も今まで来たことのない平民層のもの。ぎこちないがあくまで主人の弟ということで、宇宙船が就航する宇宙港まで来た。
「さて、ここから先は出国者しか行けないからお別れだ。これがチケットで、これが向かう国で携帯が必要なパスポートだ。それからこれはちょっとした小遣いというより今まで世話をしてくれた報酬だな。それだけあれば1月は仕事がなくても暮らせるはず」と、金までイシイに手渡してくれた。
「ごしゅ」イシイが言いかけたところを主人はさえぎる。そして周囲を見渡し誰もいないことを確認すると「こらこら!いっただろう。ここでは兄といいなさい」
「あ、すみません。に、兄さんありがとうございます」
「君は、ノートに書いた世界を小説にでもすればいいと思う。売れれば一気に金持ちになれるかもしれん。期待しているよ」主人はそう言って笑顔で手を振ってくれた。

 こうして主人とわかれたイシイは、廊下を歩いていくと階段が見える。この階段は、宇宙船の止まっているホームに続いている。「この上に宇宙船があるのか」階段を上がる前にイシイは時計を見た。これも主人からイシイのために与えられたもの。
「このチャンスを必ず生かせる。よし」イシイは自分自身に言い聞かせるように気合を入れると階段を一気に駆け上がった。そこには500人は乗れるような大型の宇宙船がある。宇宙船の前にゲートがあった。イシイはチケットを見せる。主人がうまく書類を作ってくれたので、怪しまれることなく手続きが終わり無事に出国。こうして宇宙船の指定された番号の席に座る。

 30分後、宇宙船はイシイが生まれてから住み続けていた星を出発した。生まれながら身分制度が決まっていた国からの脱出。
「主人、あ、いや兄さんの恩だけは絶対に忘れないようにしよう」イシイは心の中では不安以上に希望に満ちている。こうして宇宙船の窓からどんどん離れていく、住み慣れた星を見ながらつぶやくのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 782/1000

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