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梨のサポート  第528話・7.4

「あれから3年。梨農園を続けて本当によかったよ!」千城飛馬は間もなく収穫を迎えようとする梨を見つめながら叫んだ。

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 今から3年前のこと。
「飛馬か、仕事は順調か。ここはもう辞めようと思ってる。梨農園は廃業だ」飛馬の父、千城義一はそう呟くとため息を吐く。千城家は代々梨農家を営んでいる。
 だがそれを聞いた飛馬は思わず戸惑った。飛馬は3兄弟の末っ子。長兄は海外に留学し、そのまま現地のビジネスマンとして働いている。また次兄も東京のある上場企業の正社員。だが飛馬はそんなふたりの兄とは違った。
 とりあえず大学を出て就職はしたが、うまく合わないまま5年。ついに我慢できずに先月退職した。そして都会の住処だった賃貸の部屋を引き払い、梨の農家を継ぐために実家に戻ってきたからだ。

「いや、おやじ、俺、会社辞めたんだよ」「何? なぜそれを先に言わん!」単なる里帰りくらいに思っていた儀一は驚きのあまり大声を出す。
「だから俺ここ継ぐよ」
「飛馬! お前が農園をか。本当は喜ばしいことだが、うーんどうだろうなあ。正直体力も使うし、経営は厳しいぞ」
「いや、俺、ずっと体育会系だから」飛馬は対象のスポーツでの一貫性こそないが、中学からスポーツ系の部活にのみ入っていた。社会人になってからも、熱血な営業マン。さらに社内にあったスポーツ系のクラブに属していて汗を流していた。そんなこともあり、体力には絶対的な自信がある。
「それに、ここに来るまでに俺なりに考えていたんだ。この梨農園を多くの人に開放したい。梨狩りとかしたら面白いと思う」
 飛馬の提案に義一は否定的。「じゃけど、ここは公共交通から遠いからのう。『梨狩り』とか初めても、少し遠いから誰も来ない気がする。それだったらこの土地を売るか、マンションでも建ててその家賃収入を狙った方が利益が出そうだが......」

「でも、マンション建てても、公共交通から遠いから多分入居者少ないと思うよ。ここ周りにコンビニもないのに、車を持っていない人は不便すぎる」
「だな」儀一はそう言って再度ため息をつく。

 こうして、飛馬は将来的に梨農園を継ぐ予定で、次の日から働き出す。

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 飛馬が梨農園で働くようになって3か月余り。一台のタクシーが農園に入って来たと思うと、ひとりの女性が大きな荷物を抱えて降りてきた。
「ちょっと、急に引っ越しして、実家に帰ってから連絡なしって。どういうこと?」
 それは武田美愛。1年ほど飛馬と付き合っていたが、3か月前に飛馬が一方的に『実家に帰ることにした。ごめんしばらく会えない』と告げた。
 飛馬は実家に戻って家業を継ぐ以上、都会育ちの美愛に迷惑をかけてはいけないと思ったが、美愛は納得できずついに飛馬の実家に乗り込んできた。

「美愛、お前なんで?」「何でじゃないわ。もう!」美愛は少し不機嫌な表情。

「でもお前は都会生活に慣れているから、ここは無理かなと思って」飛馬は手を頭の後ろに置きながら言い訳をする。
「なに勝手なこと。私の仕事はリモートだから都会にいようが田舎にいようが関係ないの。もう飛馬と別れたくないから私も都会を引き払ってきたわ。明日引っ越しの荷物が来る。部屋空いてるわよね」
「え、ま、まあ実家は広いから」
 飛馬は慌てて、実家に住む両親に美愛を紹介する。両親はまさか飛馬に相手がいるとは知らず大喜び。美愛も飛馬の両親と相性が非常に良く、あっという間に溶け込んだ。

 美愛が来てからさらに2週間。飛馬は『梨狩り』をしながら農園の梨を売ることを模索しているが、なかなか実行に移せないでいた。

「美愛、難しいなあ『梨狩り』なんて大見え切ったけど、何もできない。今はただ父の農園の手伝いどまり。これでは何のために戻ってきたのかわからないよ」
「焦っちゃだめよ。しばらくは私の収入もあるし」「うん、ありがとう。この前ネットショップとか開いたけど、なかなかだなあ」
 飛馬は腕を組みながらつぶやき、そしてうなりだした。

「ねえ、例えばさ。出荷できない梨とかある」「え?」突然の美愛からの提案。
「あ、規格外のやつとかあるかも。それがどうしたの」
「例えばその出荷できないものでも、十分おいしい実があればそれを無償で配るってどう」「無償? だれにどうやって」

「例えば、ネットの知り合いにいるKさんのようにサポートするのよ」
「だれ、Kさん?」
 美愛は飛馬にスマホから、Kのアカウントを見せる。
「そう、この人が定期的にサポートする企画をしているの。それを通じて多くの人との交流が持てたんだって」

「サポートなんてちょっと怪しくないか。以前たしかどこかの社長が札束の画像見せてたのとかあったけど」
「ああ、そういうのとはちょっと違うのよ。そもそもサポートといっても数百円レベルの少額だし。 
 私は半年くらい前からこの人のことを知って以来の交流があるの。交流を持つ人を増やすのには、こういう方法もあるのかと感心したわ」
 美愛は嬉しそうに語っている。飛馬はそんな美愛の表情も好きだが、それに加えて内容も納得できた。

「へえ、面白い。それで梨のサポートをやって多くの人に知って交流につなげようと」
「そう。そのあたりは私に任せてくれる」「あ、ああ助かる。おれあまりネット得意じゃないから」

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 美愛が始めた梨のサポート企画。飛馬は任せっきりにしていて、出荷できない規格外の梨を別の段ボールに入れておき『これを使ってくれ』とだけ行った。
 形に問題があるだけで、味などには全く問題のない梨たち。美愛は自分の仕事の傍ら、ネットを通じて知り合った人たちに、サポートとして梨を次々と送って行った。

 最初のうちは飛馬が忘れるほど何事も起きなかったが、2・3か月位すると効果が表れる。
『千城農園さんの梨おいしいです。ぜひ注文させてください』という問い合わせが始まったのだ。
 やがて農園の訪れる人も現れた。飛馬は驚きながら美愛とともに農園を案内する。そんな様子を遠くから見ていた父・儀一も嬉しそうに顔がゆがむ。
 そして1年後についに『梨狩り』をスタート。
 当面は車で来る人向けで行っていた。それでも十分だとおもっていたが、その半年後にさらなる追い風が農園に吹き付けた。
 近くの幹線道路沿いに大型のショッピングセンターの建設が始まったのだ。「山田農園が辞めたからなあ」とは父・儀一の言葉。千城農園の数倍の広さがあった山田農園は、後継者がいないため土地を手放したという。そこにショッピングセンターができることになった。
 その1年後には第一期がオープン。当面は大手スーパーと全国チェーンの専門販売店や飲食店だけであるが、将来的には映画館やスーパー銭湯を作る予定があるという。
 そしてこの日以降、駅からの無料送迎バスが、このショッピングセンターまで来る。

「ショッピングセンターから、農園まで徒歩10分。これはいけるわ」美愛は喜んでHPにその案内を告知。すると公共交通で梨狩りに来るファミリーの姿も現れた。

ーーーーーー
「あれから1年くらいになるかなあ。あっという間だったけど、本当に順調だなぁ」飛馬は視線を遠くに向けて腕を組みながらこれまでを振り返った。
「飛馬! 何しているの」感慨深い飛馬を現実に戻したのは美愛の声だ。
「あ、美愛。いや梨の生育状況を、でもお腹の子大丈夫か?」飛馬の問いに笑顔でうなづく美愛。
 実は半年前に正式に結婚したふたり。そして今、美愛のおなかの中には、ちょうど4か月の子が宿っていた。


 こちらの企画に参加してみました。

 1年前からnoteを始めたという雅樹(かつお)さん。私も過去に数回サポートを受けたことがあります。そして7回目のサポートとのこと。今回はこの雅樹さんに敬意を表する思いで『サポート』をテーマにした創作をさせていただきました。ちなみに『梨』をサブテーマにしたのは、今日7月4日が『梨の日』だからです。


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