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塩サバの焼き物にささげる座右の銘

「お、今日は塩サバか」仕事から帰ってきた霜月秋夫は、さっそく着替えて食卓の前に来た。
「そうよ。スーパーでちょうど半額の見つけたのよ」
 嬉しそうに答える妻・もみじは、ご飯を秋夫の前に置くと「楓呼んでくるね」と言ってその場を離れる。

「さてと」秋夫は焼き立ての塩サバを眺めた。サバはちょうど良い焼き加減。見ているだけで口の中から唾液が湧き出るのだ。

「よしできたぞ。『しおさばのやきもの』でいくと」秋夫は声に出して独り言をつぶやいた。

ずかな食卓に
いしいものが並んでいる
てどれから食べようか
ターを塗っているようだ。光り具合からして
りが上にのっているのか
っぱり違うか、焦げ目だよね
ょうはモリモリ食べよう
う余計なこと考えずに
みものもあるからなおご機嫌だ

「ねえ、なにそれ?」「あ、聞かれたか!」気が付けば、もみじが楓を連れてもどっている。
「パパ隠し事? そんなの嫌よ。ねえ楓ちゃん」もみじは楓に同意を求めると、楓は大きく頷いた。そして「パパ! カクシてるのいや!」とありったけの声で叫ぶ。

「いや、隠し事じゃないって。今職場で流行ってるのやっただけだ」
「何流行ってるの?」
「後でちゃんというから、先食べよう」そう言って手を合わせる。三人で「頂きまーす」と合唱した。

 焼きたての鯖に箸を突き刺す。上の皮は完全に焼きあがっていて、ぱりぱりと破壊される。箸の先はそのまま中の身の部分まで到達。そこから箸を利き手でコントロールすると、身の一部がちぎれるように分離した。そのまま箸がクレーンのように上がっていく。そして口の中に入る。口の中では、さっそく鯖の塩味の旨味が広がっていた。

 だがすぐに箸は別のものを口の前に持ってくる。それは白い楕円形をした小さな物体の塊。いわゆる白米ごはんである。光り輝くご飯が口の中に入った。するとそれまで感じ取っていた、やや濃い塩味が白米が混ざることで薄まる。代わりにうまみ成分が増強されたかのよう。
 そのまま上下の歯を使って噛み砕く。ある程度噛み終えて、破片となった鯖の身とごはんは、こうして喉に向かっていった。そして食道から胃袋にそのまま直行するのだ。

「うん、美味しい」「良かった! この鯖ノルウェー産だけど十分ね」
「当たり前だ。産地なんて関係ねえよ。それよりこれさえあれば、ごはんがすぐにお代わりできる」
 ここで秋夫はしゃべるより食べるほうに夢中になった。無言で箸と口を動かし続ける。そしてあっという間に、茶碗の中のごはんを、ほとんど食べつくした。

「ねえ、さっきの話」「ああ」もみじに急かされながらお茶を飲む秋夫。ここで軽く深呼吸。
「ふう、さてさっきの話は、食べ物の頭文字を使った言葉遊びだ」「言葉遊び?」
「例えば、普段から幸せのために大切にしているようなことを、食べ物のキーワードを頭文字にして声に出すんだ。座右の銘のようにね」

「へえ、座右の銘かぁ。楽しそう。私もやってみようかな」
「おう、やってみたらいいよ」秋夫はそういうと茶わんを持って立ち上がり、炊飯ジャーの前に向かう。そしてご飯をお代わりする。
 もみじは食べるのをやめて、箸をおくと額に手を置き考え始めた。
「ずいぶん本気だな」2杯目のご飯を食べながら、やや呆れた表情をする秋夫。

「うーんと、やっぱり私は大好きな秋の味覚かしら」「名前がそうだからな」
「それを言ったらあなたも秋が」
「ああ、ま、まあな。楓もな」秋夫は楓のほうを見る。楓はひとり静かに口を動かしていた。

「あ、」「どうした」「栗ごはんにしようとしたら『ん』が入っている。これは無理」眉間にしわを寄せながらもみじは悩む。
「じゃあマツタケは」「松茸ごはん? 一緒じゃん!」
「だから、ご飯以外で」
「そっか、そしたら『松茸の吸い物』にしようかしら」再びもみじは考え込んだ。

 その間おおよそ3分ほど。ようやくもみじは口を開く。

ったけ最高
ぎつぎ口のなかに
んまり食べたら
ん康であること間違いなし
む汁物にも入ってるよ
ごいよ高級食材オンパレード
っ気に満足
うお腹に入らない
こったものは明日のお楽しみ

「どう」「いや、いいんじゃないか。こんなものに優劣なんてないよ」
 秋夫は既に食事を終えていた。つまようじを手にすると、そのまま歯の隙間に突き刺している。

「よし、じゃあもうひとつやってみよう。そうだ。楓の好きな食べ物で行こうか」
「そ、そうね」自分の発表が終わったのか、安心して塩サバを食べるもみじ。先ほどとは違い顔の表情がゆったりとしていた。

「楓、何か食べたいものあるか」秋夫は楓に話しかける。楓は秋夫を見つめた。「うーん、ポテトフライ!」と言う。

「ポテトフライか。よし」秋夫は目をつぶる。その間30秒ほど。もみじは静かに食べていた。ただ箸を動かす音だけが聞こえる。「ごちそうしゃま!」楓が静けさをぶち破ったが、秋夫はそれに追随した。「よし、できた。いくぞ」
 

 こうして秋夫は2本目に挑戦する。

っちゃりしているのはよく食べるから
んねんのものを多く含んでいる
ってもおいしいからますます食べる
とりすぎだけは注意しよう
ンニングでもしようかしら
やまて、食後は少し休んでから

「楓ちゃんどうだった、パパの作品」
 もみじは自分の意見を言わず、あえて楓の意見を聞いてみた。楓は目を大きく開けたが、質問の意味が解らない。  
 首をスローモーションのようにゆっくりとかしげると「わかりまちぇん!」と大声で答える。
 それをみた秋夫ともみじは、ふたりとも笑顔で白い歯を見せながら、楓を見つめるのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 457/1000

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