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ゆるキャラ覚醒 第976話・9.27

「いやあ、わざわざ今日は島までありがとうございます」フリーターの山口は、島民たちからの意外なほどまでの歓迎を受けて戸惑った。彼はいわゆる着ぐるみの中の人。普段は島の対岸にある町で、イベントでゆるキャラなどの着ぐるみの中に入り、子供に握手をするようなことをやっている。

 今回対岸の島に来たのは、島と町との間に橋がかかったお祝いの為であった。それまでは1時間に1本程度運航している連絡船に乗って10分ほどの行き来だったが、新たに橋ができたことで待ち時間なく5分程度で行き来できるようになる。

 島民たちは大喜びとなり、今回盛大なイベントを行うことになるが、その盛り上げ役として着ぐるみを着てほしいと山口の所属するイベント会社に依頼があった。
「実は、専属の者がいたんですが、先月突然引越しをしていなくなったんですわ」島をまとめる人物からイベント会社に緊急の応援要請が来た。

「今回は特別なので、いつもの時給に加え特別ボーナスが支給されます。だれか島に行ってくれる人はいませんか?」
 ということで手を挙げた山口が海を渡って島に来た。すでに島までは船に代わる新たな交通手段としてバスが運行を始めている。こうして町からバスに乗り山口は島に到着。
「どうぞこちらです」山口は担当者から白い獣のような着ぐるみが渡される。「これは島に古くから伝わる伝説の生き物をモチーフに作りました。実際は凶悪だったそうですが、もちろんゆるキャラなので」

 山口は顔を見ると、確かにやさしそうに笑っている顔をしている。山口はためらいもなく着用し、頭をかぶると担当者に言われるまま後をついていく。
「セレモニーまであと10分です。ここでしばらく待っていてください」と担当者の指示通り、着用したまま会場の裏に待機した。
「確か15時までだったなあ 終わったら島の見学でもしようか」山口は当初いつものように仕事をこなして、そのあとのことを考えていた。だが突然耳元で変な音がする。「あれ?」山口はその変な音が気になったが、そのうち消えるだろうと思った。だがそれは間違いである。音はますます大きくなっていく。「ちょっと、どうなってんの何?」山口は苛立つ。よっぽど頭を取ろうと思ったが、すでにセレモニー会場には多くの人がいる。裏にいるが見える可能性が高い。中の人として頭を取るのはタブーだ。仕方なく我慢。だが音はますます大きくなり、山口の思考がおかしくなる。「ああ、イテテて、うーいああぁ!」声こそ出ないがどんどん苦しみだす。やがて意識が遠のいていく。

「それでは時間です。よろしくお願いします」担当者が会場の裏にいる山口のもとに来ると丁寧に頭を下げる。ところが山口は反応しない。
「ちょっと!聞いていますか?」担当者は再び大声で山口に伝える。だが反応なし。「何してるんですか!」怒り出した担当者が、山口の来ている着ぐるみを叩く。その瞬間突然着ぐるみは立ち上がると。その場で担当者を思いっきり殴った。「あ、ぎゃあああ!」その破壊力は人の者とは思えない速度と強さ。担当者はその場で気絶した。

 立ち上がった着ぐるみは、すでに意識を失っていた山口に代わって覚醒したかのように突然走り出すと、セレモニー会場に躍り出る。当初はショーが始まったとみんな嬉しそうに見ていた。だが様子がおかしい。会場内にあるあらゆる物を破壊し始めた。さらに止めに入った人を次々と殴り気絶させる。一瞬にして会場はパニックとなり、多くの人が逃げだした。暴れまわる着ぐるみ。それを見たある老人は大きく目を見開くと「これは、伝説の!」と青ざめる。彼が言うには島に伝わる伝説の生き物が着ぐるみではなく、本当に蘇ったと言い出す。とても着ぐるみを着ているとは思えない俊敏な動きは、確かにそのものが生きているかのよう。ただ顔だけはゆるキャラの表情のままなので余計にたちが悪い。

「警察を!みんなを非難させろ」慌てる担当者たち。警察が来ると着ぐるみは突然山の方に走り出した。あっという間に山の中に隠れると、聞いたこともないような不思議な大声を発する。
 島民たちはみんな怯えた。「橋を架けたのが悪かったのか!」と言い出す人まで現れる。島民たちはいったん対岸の町に避難。
 その後、捜索隊が山の中腹に武装して入り込むと、頂上付近の祠の前で着ぐるみが横になっていた。慎重に近づき叩くが反応無し。「頭を取れ」着ぐるみだと思い出した人がいて、丁寧に頭を取る。その中には気絶した山口がいた。

 意識を回復した後、警察の取り調べを受けるが山口は記憶がない。ただ器物損壊の罪で抑留される。その後島の人たちはその着ぐるみを祠の前で埋めた。そこは伝説の生き物が祀っている場所。だがしばらく忘れ去られていたのだ。以降島民たちはお供えを欠かさず行い、毎日のように祠を拝み祟りが鎮まるよう願った。
(本文:2000字)




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