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明星の化身 第720話・1.13

「ごめん、今日泊まることになった。明日の午前中に帰るわ」いつもは家の前の畑、コスモスファームを運営している私、真理恵が外出することなんかめったにない。
 今日は突別に彼・一郎に任せての外出。日帰りの予定が急遽泊まることになったことを彼に告げた。
「わかった。たまにはいいだろう」すぐに来た彼からのメッセージ。これで安心した私だけど、次の日に帰って彼から聞いた話には、今でも耳を疑うの。

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「久しぶりのひとりか、まあいいな」一郎は真理恵が帰ってこないことを聞き、ひとりで夕食をとり始めた。「どうもひとりだと味気がないな。あ、そうそうこれだ」一郎はあるものをダイニングの前に持ってきた。それは大学で、仏像などの文化財を研究している研究者からの預かりもの。中国の骨董屋から手に入れたという仏像らしい。
「明日の朝いちばんに取りに来ると言ってたな。この木箱の中に仏像が入っているのか」一郎は、ひとり呟きながら、高さが60センチほどある古びた木箱を眺める。「中身は、見てもわからんしな。うん」一郎は箱に書いている文字を見つけた。「虚空蔵菩薩、なんと読むんだこれは?」

 分野は違うが、研究者の一郎はこの言葉が気になって仕方がない。そそくさと食事を終えると、早速ネットで調べてみる。
「こくうぞうぼさつ と読むのか。知恵の菩薩として、人々に知恵を授ける。なるほどいい役目だな」一郎は誰もいないのに一人で何度もうなづきながら納得。
「やっぱり気になるちょっと見てみよう」一郎は木箱の蓋を開けてみた。

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「これは、また立派な仏像だ」一郎は中に入っていた虚空蔵菩薩を眺めてしばらく息をのむ。
「えっと確か菩薩というのは、如来の次の位置だったな。大学で言えば、如来が教授で、菩薩が准教授というところか、まだようやく助教になったばかりの俺よりもずっと偉いんだ。准教授殿だからな」

 一郎は、仏像の入った像を木箱の蓋を開けたままダイニングに置いて、床に入った。「明日は早起きして天体観測。うん、天気も晴れ、今季ラストの明けの明星をみるぞ」

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 早朝まだ暗いうちに目覚ましが鳴った。「う、ううん。眠い、いや、ふぁああ、起きなくては」一郎は、大きなあくびをして眠い目をこするとベッドから起き上がる。朝の身支度を済ませると、いつも真理恵と天体観測を楽しんでいる望遠鏡を取り出した。そして畑が広がる外に出る。今は一月の近くに山がある畑は吹き付ける風でとにかく寒い。
「ふう、やっぱり寒い、凍えそうだな。でも今日はラストチャンス。真理恵はいないが、まあいいさ。ひとりで明の明星を眺めよう」一郎はあらかじめこの日、明の明星が見える場所を計算している。だからその方向に望遠鏡をセットした。「うん、あと30分後には見えるはずだ」一郎が時計を確認した。

 そのとき、人の気配がした。「え?」一郎は一瞬殺気づく。恐る恐る顔を上げると、見慣れぬ人物が立っていた。表情は本当に優しそうで独特のオーラがある。一郎はその人の顔を見ると、不思議と恐怖心がどんどん薄れていく。
「あ、あのうど、どなた。なぜここに?」「ああ、こちらはお宅の敷地ですか」「はい、畑をしていましてここは」「勝手に入って申し訳ない。暗いものでわからなかったんです」
「あ、いえ、夜中にどうされたのですか?」「いや、今日の朝に迎えがくるのですが、少し早く来てしまいました。もし、よろしければしばらくここで待っていてよろしいかな」

 通常であれば、勝手に私有地に入ったこともあり即断るところ。しかし真っ暗で、周りにないもないところだし、この和服を着た人はどう見ても悪い人には思えない。「わかりました。何もご用意できませんが、それでよければ」と答えた。その人はゆっくりとうなづく。

 一郎はその横で天体観測の準備を再開した。「あのう、何をやっておられますのかな」「ああ、これは天体観測です」「星を見るのですな。何の星を」
「明けの明星です。例年なら12月までしか見えないことが多いのですが、どうも今年は1月に入った今日の朝くらいまでは見えるようなのです。ラストの明星は地平線近くだろうから、この位置から探してみます」
 一郎は得意げに説明すると「それは良いですな」とその人は答えた。

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「お、見えてきましたよ。明の明星です」一郎は太陽が出る直前。少し明るくなった地平線すれすれに見えた明の明星を捕らえた。「もし、」「あ、どうぞ、見てください」
 一郎はその人に望遠鏡を譲った。その人は望遠鏡をじっくりと眺める。あの明るい光が明の明星ですな。「そうです。きれいでしょう」一郎はすでに望遠鏡を通じて明の明星の画像を確保した。早速SNSに自慢の投稿を始める。その横ではじっくりとその人が見ていた。しばらくすると「うん、素晴らしい。これは私の化身。まことに素晴らしい眺めだ」といった。
「え、化身?」不思議なことを言うので、一郎が顔を開けるとその人はもういない。
「あれ、どこ、どこに行きました?」一郎は何度か声を上げるが、その人の姿を二度と見ることはなかった。代わりに明の明星を隠すかのように大きな太陽が地上に現れる。

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「あ、預かってもらって悪かったな。仏像はどこ」朝になり仏像を取りに来たのは、大学の研究者。「ああ、ダイニングに置いているよ」と一郎は案内する。そして箱を見た研究者は顔色を変えた。「おまえ、蓋を開けて見たのか!」
「うん、気になってつい」「これは、中国唐の時代に彫られた貴重なものだぞ。今日1月13日が初虚空蔵と言って1年最初の虚空蔵菩薩の縁日。だから今日大学の博物館に納品しようと思って、信頼できる君の家に預かってもらったのに。おい、本当に見ただけだな」
「ああ、箱から取り出してもいない」研究者は仏像を注意深く眺める。「うん、問題なさそうだ」研究者はそううなづくと木箱に蓋をした。
「そうだ、今朝は明の明星を撮れたぞ」一郎は今朝撮った明の明星の写真を研究者に見せる。「明けの明星か、ほう、それは偶然だな。この虚空蔵菩薩は、明けの明星の化身・象徴と言われているんだ」
「ええ?」一郎は一瞬鳥肌が立つ。もしかして明け方一緒に望遠鏡を見ていた優しい人の正体とは......。



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シリーズ 日々掌編短編小説 720/1000

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