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野菜畑と共に迎える8月31日 第586話・8.31

「あ、ああと1日を切った」尾道拓海は、深夜に日付が変わるのを確認した。ちょうど8月31日になった瞬間を過ぎる。そして急にカウントダウンが始まった気がした。夏休みの最終日は、拓海にとって小学生のときから毎年最も嫌な日。友達には会えるし、特にいじめられているわけではない。それでもまた朝から学校に行って、授業を受けないといけないのが本当にうっとうしい。
 高校一年で迎えた今年もその心境は変わらず。「でもあと1日ある。やっぱり明日あいつ呼び出そうかな」そう呟いてベッドに横たわった。

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「え、今日は会えない。え、宿題が終わってないって。そんな」翌日の朝、さっそく恋人の今治美羽と遊ぼうとしたが、あっけなく断られてしまう。
 朝から落ち込む拓海。でも部屋にいると、時計ばかりが気になって焦ってしまう。とりあえず気晴らしに外に出た。
 何もない道を歩く。天気が良いのでどんどん暑くなってきたが、あまり暑さは変わらない。「あの太陽が西に沈んだらもう終わりだ」
 拓海は夏休み最終日とあって、いつも以上に時間が過ぎていくことに敏感になっている。

 しばらく歩いていると、畑が広がるところに出てきた。「農家か、ああいう人は夏休みはないけど、8月31日のプレッシャーもないんだろうな」
 拓海はそう呟きながら普段気にならない畑を見る。耕されて盛り土になっている畑には、等間隔で緑の葉が生い茂っていた。だけど何の畑かは想像つかない。
 ところが、拓海はそのあと入ってきた視線に驚愕した。「美羽、何を?」拓海は、美羽の方に向かって歩き出す。美羽は同世代らしい男と楽しそうに話をしているのを見てしまった。
「俺の誘いを断って、誰だあいつは?」怒りに満ちた拓海は、無意識に畑の中に入って突き進む。「おい、美羽!」拓海は大声を出す。そのときにふたりは同時にこっちを見た。「こら! 大切な野菜を壊す気か!!」と、逆に怒鳴られる。

「え?」怒鳴り声があまりにも強烈で、思わず立ち止まった拓海。すると、畑はぬかるんでいるのか? 足が埋没してしまった。「あれ」必死で足を出そうとするが、ますます足はのめりこみ、あっという間に腰、そして体の半分以上が土の中に。
「底なし沼!」拓海の顔色が変わった。さらに肩近くまで体が沈む。ついに視線と畑の野菜との位置が同じに。目の前に緑の塊が見える。「あ、あ、み、美羽助けて!」拓海は大声で叫んだ。

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「あれ、夢か」拓海は夢とわかって慌てて深呼吸。目覚めた時刻は午前10時を回っていた。「うわあ、あと14時間。そうだ美羽に連絡しよう」
 慌ててスマホを取り出した拓海。「断られないかな。断られたら、まさか野菜畑?」
 しばらくして美羽から来た返事が来る。「ちょうど私も、拓海君に連絡するところだったの。じゃあいつもの公園で」拓海は夢と違って安心した。

「今日が夏休み最終日ね」「うん、美羽。だからそれを忘れたいんだ」
「拓海君、あの、実は」美羽は何か言いたげそうな表情になる。「なんだよ」「今から行くところがあるんだけど、一緒についてきてほしいんだけど」
「行くところ? どこだ」「野菜畑」
「え!」拓海は夢を思い出した。「まさか底なし沼?それはないとおもう。だけど」少し気がかりなことを思い出した拓海。「そういえば」確かに美羽は、いつものスカート姿ではなかった。さらによく見れば、全体的に汚れてもよさそうな格好をしている。
 だが拓海は畑なら、夏休み最終日の気晴らしになると思い、すぐにOKを出した。

 ふたりは仲良く歩いていくと、やがて大きな畑の前に到着。「見た光景になんとなく近いな」「拓海君、何ひとりごと言ってるの?」「あ、いやなんでもない」拓海は適当にごまかした。
「川崎先輩、お待たせしました!」ここで美羽は畑にいた十数メートル先の人物に声をかける。その人物は「あ、今治さんもうはじめてるよ!」と大声で返事。そしてその顔を見た拓海は目が丸くなった。「あの男、夢で出てきた奴だ」
 美羽は先に、畑の傍のあぜ道を小走りに歩く。「おい!」拓海が声をかけようとしたが先に美羽が「拓海君、何しているの早く」と呼び出される。

「あ、川崎先輩、紹介します。この前話した尾道拓海君です」「あ、君か。初めまして、僕は今治さんと同じ高校の園芸部の3年の川崎です」背の高い少しイケメンの男。
「あ、あ、お、尾道です。どうも、初めまして」高校が違う拓海は、美羽の先輩という川崎に無意識に身構えた。
「今日は8月31日で、みんな宿題が残っているから畑の作業ができないんだって」美羽は事情を説明する。
「だから今治さんに相談したら、尾道君を紹介してくれたんだ。他の高校のだけど、手伝ってくれたらうれしいよ」
「あ、どうも」拓海は川崎に頭をさげながら、美羽を見てアイコンタクトを取ろうとした。「この先輩の川崎とは一体?」
 しかし美羽は全く気付いていいない。「はい、拓海君、これ履いてこれ手にはめてね」と長靴と軍手を持ってきた。

 こうして3人は作業を始める。この日は、野菜の葉についた害虫を駆除するのだという。
「うゎ、これ気持ち悪い」美羽が不快な表情をする。「おう、ちょっとまって」と、拓海が近づこうとするが、先に近くにいた川崎が、美羽の代わりに害虫を取ってしまった。「あいつ!」拓海はどんどん嫉妬を膨らませているが、美羽は全く気づかない。
「あいつ、美羽と俺とは、どれだけ付き合いが古いのか知っているのか!」  
 幼馴染だった美羽とは本当に古くから知っている。恋人として付き合いだしたのはまだ1年になっていないが、それ以前から本当に仲の良い友達だった。そのため拓海は美羽が、高校の先輩と仲良くしているのが、たまらなく不快だ。
「夏休み最終日に、なんて日だ!」拓海は不快感満載であるが、とりあえず目の前の毛虫などの駆除に没頭した。

 しばらくすると「川崎君、皆さん、お昼作ってたので思いっきり遅刻しちゃいました」「裕子ちゃん、いくら何でも遅い!」拓海が見ると、少し年上の女性の姿。
「あの人、川崎先輩の恋人なの。でも先輩より年上の大学生なんだって」いつの間にか、美羽が横に来て拓海の耳元でつぶやいた。「なんだ、そういうことか」これで苛立ちがあっという間に払しょくされた。

 ここでお昼休み。裕子は4人分の弁当を持ってきてくれた。「おいしいです」美羽が嬉しそうに答えると「うん、おいしい。これは本当においしいな」と拓海がふたつ返事。
「ふたりともありがとう」裕子の笑顔に、思わずうれしそうにほほ笑む拓海。その直後に横腹のあたりに痛みが走った。それは美羽のもの。そして少し目が吊り上がった、恐ろしい美羽の表情。
「いや、そうじゃなくて、美味しいのにもいろいろとね」と、拓海はごまかした。

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「暑い中、本当にありがとう。これやらないと、あっという間に虫たちに葉が食われるから」
 作業がすべて終わると、川崎は拓海と美羽に頭を下げる。「先輩そんな」慌てて謙遜する美羽、川崎の隣には裕子が笑顔を振りまいていた。拓海はその笑顔を見て癒される気がしたが、あまり見ているとまた美羽に怒られるかと思って、すぐにうつむいた。

「今日はいつもと違っててゴメンネ。関係ないのに、私のところの部活の宿題を押し付けたみたいで」帰り際に美羽が謝ってくる。
「いや、逆に良かった。だって普段とは違う畑仕事やれて、野菜ってこうやって作られるんだなって、勉強になったな」
「良かった。でも、もう明日から2学期ね」「ああ、俺は嫌だけど、また次の休みの日に合おうな」「うん!」美羽はそう言いながら拓海の手を握った。

「でも、拓海君、夏休みの宿題終わったの」美羽に突っ込まれて現実に戻った拓海。「あ、いや、まだ。でも明日の始業式終わってからも時間あるし」
「大丈夫?」「う、う、うん大丈夫。うん、うん」
 拓海は宿題が残っていることを思い出しながら内心焦る。「今日は徹夜だ。それがいい、その方が8月31日の余韻が1日の朝まで残るぞ」などと、頭の中で考えながら、手を通じて感じる美羽の温もりに癒されるのだった。



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