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歴史小説「ふたりのグエン」第3話 遭遇

※過去の話 1話 2話

ベトナムの南部を治めていた広南国の王子・グエン・フック・アイン(阮福暎)は、3歳にして祖父と父が相次いで死亡した。
そのためアインは祖父と父の記憶がほとんどないまま育ち、4年の月日がが経過していた。これは1769年のこと。

この年広南国が、先王の力で事実上支配下におさめた西にあるカンボジア王国に対して、そのさらに西にあるシャム(タイ)国が、攻撃を仕掛けて軍を動かしたという情報が伝わった。そこで広南国はシャム軍を迎え撃つための軍勢を整える。

かつてはアンコールワットを作ったほどのクメール王国の末裔であるカンボジアはこの時すでに弱小国。そのため広南国が軍を率いて、支配下におさめた。

この当時、西にあったシャムはアユタヤ王朝。広南国とカンボジアを争ったが、すでに国の力が弱っていたために敗れ去った。その後さらに西にあるミャンマー・コンバウン王朝の攻撃に敗れ街は破壊。

アユタヤ王朝は滅んだ。

ところが、アユタヤの将軍であったタークシンという人物が、すぐに軍を率いてコンバウン王朝と戦い、追い出すことに成功。
そのまま自ら新しいシャムの王になる。この新しい国トンブリー王朝が、国の体制を整えると、今度はカンボジアに手を出してきたのだ。

ーーー

祖父の死後、本来王になるべき父・ルアンを謀略で亡き者にしたのは、トルーオン。そしてアインの叔父にあたるトゥアンが王位を継いだ。しかし王は名ばかりで、あの日からトルーオンが事実上国を牛耳っていた。

だが、アインやその母・グエン・トゥ・ホアン(阮氏環)には、あくまでルアンが発狂して死んだことになっていた。
ホアンは本気では信じていないが、アインを含めた4人の子供を守るために表向きは受け入れていた。

今回のシャムとの戦いには、そのトルーオンが王の代行として司令官となり、カンボジアに向けて軍を整え、先日王宮のある富春都城を出発した。

普段は王家の上に立ち、我が物顔で王宮に君臨していたトルーオンが戦のために留守になる。
そうなると普段彼の顔色をうかがいながら静かに過ごしていた、トゥアン王をはじめとした王族たちは王宮内で自由に羽を伸ばすように、ゆったり過ごした。

このときアインは7歳。兄弟の中で最も好奇心旺盛な王子は、母・ホアンに「外が見たい」と言い出した。トルーオンの許可が無いと何もできないため、いつもなら「無理」と聞き入れないホアン。だがちょうど、そのトルーオンがいないタイミングである。

ホアンはアインの顔を優しく撫でながら。
「そうね。今ならこの子に外の世界を見せられるわ」と、アインに社会勉強をさせることにした。

ホアンは義弟である王・トゥアンの許可を得ると、アインと共に庶民の服装に着替え王宮の外にでた。

ーーー

同じころ同じ広南国内の西山(タイソン)の地にいた二人の兄弟が、富春都城に到着した。
彼らは三兄弟の次男の阮文侶(グエン・ヴァン・ル)に、三男の阮文恵(グエン・ヴァン・フエ)である。
長男の阮文岳(グエン・ヴァン・ニャク)は、カンボジアに従軍。残された二人は交易の仕事のために西山から北上、都にやってきた。

「僕もニャク兄さんについて行けばよかった」ルの後ろで不満なのはフエ。物心ついた時から武将にあこがれ、普段から独自で武術を磨いていた。
「フエそんなこと言うな。俺たちの兵役は今回ひとりで良いとのことだったんだ」
戦いよりも交易の仕事が好きなルは、弟がなぜそこまで武将にあこがれるのか理解できない。

「今回は少し遠い先での戦いと聞いたし、ニャク兄さんとおまえのふたりが兵役で連れて行かれると俺がひとりになる。そうなると交易の商売が成り立たないんだ」
兄は不機嫌そうに答えるが、弟は納得できない。

「じゃあ、なんでニャク兄ちゃんが出かけたの? それなら僕が行けばよかった。そうは思わないか。ル兄ちゃんも。ニャク兄ちゃんの方が僕が手伝うよりも楽だったのに」
「だから兄さんには考えがあってのことだ! 本当にお前は戦うことばかりだな。そんなに殺し合いがしたいのか? 俺ははそんなのごめんだ。人を殺すより、交易の仕事で人を喜ばせる方が好きだ」
兄・ルの説教に近い話を途中から聞かず、目を吊り上げて口をフグのように膨らませて荷物を持つフエ。

ルが都にいる取引先の商人と交渉を行っている最中も、フエはつまらなそうに町の様子を眺めていた。

ーーー

「アイン、これが王宮の外の様子。我が国の人たちよ」
「すごい! みんな元気に走り回ってる。いつもぼくは建物の薄暗い中にいてつまらない。やっぱり外は楽しい」
アインは嬉しそうに一行の前に出て、興味深く町の様子を眺めている。ホアンは、今まで見たことのないような嬉しそうで元気なアインを見て、外の世界を見せて良かったと笑う。

その横ではふたりの家臣が周囲に目を光らせていた。

アインがあるお店の前に向かったので、ホアンたちももついて行った。店では魚を売っていたが、そんな光景もアインはすべて見たことがないから、何もかも新鮮に映る。
山のように集まるお客さんに店主は、魚のうろこを取りながら、ときおり魚の鮮度や魚の大きさなどをアピールしていた。

その中で、ある客同士の会話をホアンは聞き逃さなかった。

「また、戦いにうちの人が取られたわ」
「そう、わたしは、弟が行ったわ」

「何でいつも戦いばかりなんだろう。この町が攻撃されそうならわかるけど。ずっと遠い国の戦いにわざわざ行くし」

「噂ではあのトルーオンが、軍の大将として行ったそうよ」
「王家を乗っ取ったという噂のトルーオンね。あいつどうせ、戦いに行くと言いながら、私服を肥やしていそう」
「本来王位を継ぐべき人が早死にしたかららしいわね。でも絶対裏がありそう。これ」

ホアンは、人々の噂話を聞きながら心が痛くなる。
「ルアン... ... あの男のせいであんなことに。でも息子のアインは、あんなに楽しそうに外の世界を楽しんでいるの。あの子いつかあなたの代わりに王になる。私は信じているわ」

ホアンは目を閉じて亡き夫ルアンを思い出しながら自分の世界に入っていたが、すぐに我に返った。

アインの前には屈強な3人の男が現れ、興味深くアインを見つめている。

「おう、見慣れぬ小僧がいるぞ」
「兄貴。こいつ結構いい服着てますぜ」
「そうだな、よし」

「小僧こっちにこい!」
と男のひとりがアインの手を力強く引っ張った。
突然のことに慌てたアインは「イヤ!」と、大声を出して半泣きになる。

「ちょっと、アインは私の子!やめて!!」
ホアンは慌ててアインの方に向かう。
その前に、ふたりの家臣が大男たちにに向かって剣を持って襲い掛かった。
大男ふたりと家臣ふたりの1対1の戦いが始まる。

ところが残ったひとりの男が、そのままアインの手を引っ張り連れ去った。

「あ、ああ!母さま!!」

「あ、アイン!誰か息子を!」

「ん?、なんだ?」
すぐ近くにいたフエは、ホアンが叫ぶ声の方に振り向いた。

大男が泣き叫ぶアインを連れ去ろうとしているのを見たフエは、その前には走り、男の前に立ちはだかった。

「邪魔だどけ!」
「子どもさらいだな。お前たちのような悪党は許さん!」

フエは、1年前に長兄ニャクからもらった、剣を持っていた。戦に行けずに鬱積(うっせき)が溜まっていたフエは、思わぬところで実践経験ができると内心喜んだ。

そして、男に向けて剣を構える。目の眼光は鋭さを増す。
「若造。俺とやるというのか? 面白い!お前などひとおもいにねじ伏せてやる」と、アインの手を放しフエに立ち向かう。

アインは、慌ててそこから走りだすと、追いかけてきたホアンと抱き合った。

その前では大男が、落ちていた棒きれを拾い、睨みながらフエに突っかかる。するとフエは全く恐れることもなく、男の攻撃を軽くかわす。
その瞬間、男の足を切りつけた。
「ウギャー。わ・若造。イ・痛い!」顔を皺くちゃにしながら苦しむ男の足から鮮血が流れ出る。

そこに家臣に叩きのめされ。慌てて逃げてきた仲間の男ふたりが近づき、その男に肩を貸してそのまま逃げて行った。

「母さま!」
「アイン。怖かった?大丈夫!!」
ホアンは、涙を流しながらアインの頭を撫でる。アインはようやく落ち着いた。
「ホアン様。我々がいながらこのような失態。大変申し訳ございませんでした」と家臣のひとりが謝ると、
もうひとりが「こちらの若者がアイン様を守ってくださいました」
と、フエに頭を下げる。

それを見たホアンが、フエの方を向くと、
「私の息子を助けてくださりありがとうございました。僅かばかりですが、お礼です」
とホアンは行くばかりかのお金をアインに手渡した。
「アイン。あのお兄さんがあなたを助けてくれました。あなたからお礼を渡しなさい」と言った。

アインは言われるままフエにお礼のお金を渡すと。「ありがとう!」と大声でお礼の挨拶をした。

「あ、いやそんなつもりは。でも。ありがたくいただきます」
とフエはホアンと家臣たちに頭を下げると、アインから受け取ったお礼のお金をしまい込んだ。

このとき、17歳のフエと7歳のアインは握手した。

同じ苗字を持つふたりのグエン。しかしこの数年後に、ふたりは敵同士として戦うことになる。

ーーー

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