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歴史小説「ふたりのグエン」第2話 祖父と父の死
※過去の話 1話
広南国に生まれた新しい王子・アイン(阮福暎)は、父と祖父から愛されれてすくすく育っていたが、彼が十分に成長する前に悲劇が起こった。
それは彼が3歳のとき。1965年に祖父である広南国王のコアット、そして父のルァンも亡くなってしまう。そのため生まれたときにはコアットから「将来の王」とまで言われていたアインの運命は大きく変わることになる。
そしてそのときは、彼が物心つくかどうかだから、結局父の記憶も祖父の記憶も残ることはなかった。ただしこの後王室の実権を持つあの男は別であったが。
その男の名は、トルーオン。祖父の重臣で、死後に王家を実質的に乗っ取った人物である。
ーーー
アインの祖父・王のコアットは、この年に病に倒れた。そして7月、死の間際に次の王にルアンを指名し、万事をトルーオンにゆだねた。
「わかりました」とトルーオンは静かにひれ伏してそれに応じるそぶりを見せる。安心したかのようにコアットは永遠の眠りについた。
葬儀が行われ、王宮内ではアインの父・ルアンがそのまま跡を継ぐものだと思われていた。
ところが、葬儀が終わって間もないある日、トルーオンはルアンを呼び出した。
「トルーオン何か用があるのか。父の葬儀は無事に終わった。間もなく喪が開けるだろう。ということは、このルアンが次の王位に正式に就任せねばならんな。お前の用とはその手続きについてか?」
ルアンの父コアットが健在のときにはトルーオンに恐怖すらを感じていた、ルアンであったが、自動的に王位を継ぐ者と信じていたので、威厳を保つためにトルーオンに対し強い姿勢で接した。
トルーオンは嫌な顔ひとつせず、ルアンに対して静かにひれ伏す。
「ルアン様、死の間際に先の王はあなた様に王位を継がせたい旨を言われたとのことですが」
「ああ、そうだ。あの時に限らず常に父はこのルアンに跡を継いでほしいと申しておったぞ」
「しかし、実はまことに申しあげにくいのですが、あれは先王が死の間際に熱病に苦しみながら、たわごとを言われたことでございまして」
「はあ?何をバカなことを!」
ルアンの眉が引きあがる。
「実はここに、先王からの御遺言がございます。先王は自らの死後に後継者問題で王室が分裂してはならぬとの強い思いがございました。そして病にふせられる前、ご健在なうちに御自ら書にしたためられたものでございます」
とトルーオンは、巻物をルアンに差し出した。ルアンは巻物を解くとコアットからの遺言の書を確認する。
「こ、これは!」
ルアンの顔色が変わった。
「次期国王には16番目の子阮福淳(グエン・フック・トゥアン)を指名する。だがトゥアンはまだ子供で幼い。そのため成人するまで、トルーオンが摂政として新しい王を支えよ」
口を震わせながらも読み終えたルアンは、巻物をその場で落とした。
「なぜ、幼いトゥアンが後継者なのだ。父上は何をお考えだったのか?」
トルーオンはルアンの落とした巻物を拾い上げると、ルアンに向けて書面を見せる。
「このように、この書には先王の印もございますゆえ、まことに申しあげにくいですが、ルアン様は次期国王をご辞退いただきたく、御遺言通りトゥアン様を次期王位にと存じます」
「ば、ばかな。父は何度も私に王位を継ぐように言ったのに、しかしこの書体は確かに父のもの... ...」
ついさっきまでまったく思いもよらない事態に、ルアンは茫然とした表情に変わる。
ルアンとは対照的に、トルーオンの声はますます強みを帯びる。あたかも勝ち誇ったかのように... ...。
「ルアン様、お気持ちはお察しいたします。しかしこれは先王の御意志でございます。こればかりはこのトルーオンと言えども逆らうわけにはまいりませぬ。誠に恐れ入りますが、ご辞退の御決意を」
しかしルアンは納得できない。顔の表情が怒りと変わり声を荒げる。
「なぜだ! 私はすでに成人しており病気ひとつもしておらん。父の言いつけを守り、そして後継者になるべくここまで頑張ってきた。そしてわが子アインをが生まれたときも、『次の次の後継者』とはっきり言っていたではないか!」
そして怒りの矛先をトルーオンにぶつけた。
「なぜだ!そもそも大人としての私がいるというのに! 今の王室に摂政など不要。トルーオンおまえこそ摂政の地位を辞退せよ!王位は私が継ぐ」
「な、なんと、ルアン様。先王の御意志に逆らうおつもりですか?」
と。わざ大げさにひれ伏すトルーオン。
「ええい、トルーオン消えろ! 今言った通りだ。先王の子である俺が王位を継ぐ」とさらなる大声を上げるルアン。
しかしこのとき、それまで臥せっていたトルーオンは突然は立ち上がり、ルアンを睨みつける。
「ル・ルアン様がご乱心された! 先王の御意思に背かれると仰せ!気が狂われた!!」とトルーオンは合図するように大声を出すと。
家臣のチューディア、ジウトンが中に入って来た。そしてふたりとも「ルアン様ご乱心!」と大声で叫ぶ。
この状況に慌てたのはルアン。目が泳ぎながら、
「まてチューディア、ジウトン良く聞け! 私は狂ってはいない。狂っているのはこのトルーオンだ!」
そういいながらルアンは、ふたりの家臣の前に出て両手を広げる。
「チューディア、ジウトン!お前たちも次期王位は私と聞いていただろう。トルーオンがおかしいんだ。先王の遺言は偽物だ!」
ルアンは声を荒げて、今度はトルーオンが持っていた巻物を取り上げようとする。しかしジウトンはそれを阻止。チューディアはルアンを後ろから羽交い絞めにした。
「恐れ多くも先王の大切な書に手を掛けようとは、本当に気が狂われて情けない。やむを得ぬ。ルアン様を幽閉せよ」
トルーオンの一言で、羽交い絞めにされたルアンは、この後部屋に入って来た多くの家臣たちに取り押さえられる。大声でまだ何かわめくが、口を押さえられそのまま連れ去られてしまった。
「では、トゥアン様をこちらに呼んでまいります」とジウトンは、トルーオンに頭を下げる。
「早速トゥアン様に王位を継いでいただか無ねば。チューディア即位式の準備を」
連れ去られたルアンは冷たい部屋と呼ばれる。地下にある牢屋のようなところに幽閉されてしまった。その後、食事もほとんど与えられず、出ることが許されることもない。アインやアインの母たちとも会えぬまま、ルアンは32歳の生涯を閉じる。
アインやその母には、トルーオンが会いに行き、突然ルアンが発狂してしまい獣のようになってしまったと伝えた。人の心が失われて危険だから近づいてはならぬと釘を刺した。アインの母はその場で泣き叫んだが、まだ3歳のアインは何が起きているのか全く理解できないでいた。
こうして僅か12歳のトゥアンが即位した。そして摂政の地位にトルーオンは収まり、広南国の実権を握った。
これは、トルーオンが仕組んだ罠であった。
「トルーオン様、うまく行きましたなあ」
新王トゥアンの即位が無事に終わり、新たに摂政となったトルーオンの前にはチューディアとジウトンの姿があった。
「チューディアそうじゃ。ルアン様は聡明であった。ゆえにわしの今までの立場が心配であった。お前たちが協力してくれたからこそこの作戦が成功したのじゃ」
「しかしチューディアが、先王とそっくりの筆跡を持つ人物を探してくるのには驚きました」
「ハハハッハ!ジウトンそれはトルーオン様からこの話を聞いた1年前からひそかに準備していたからだ。あらゆる人物の筆跡が再現できる者が、ちょうどこの国内で見つかった。そしてそのものに書かせた。印は後から自由に押せる」
「それにしてもお見事。本当に先王が書かれたものかと思ったわ。あの筆跡は実子であるルアン様も信じていたほどだ。で、そのものはどうしたのじゃ」
「ええ、トルーオン様。このことを一切他言しないことを条件に。多額の金品を送ったらうれしそうに帰って行きました」
「チューディア、なぜそやつ消さぬ!もしこのことが明るみにになったらどうする!!」
ジウトンの声が大きくなる。
「あ、いえ大丈夫ででしょう。その者はそれを生業としており、一定の所に長くは住んでいない。恐らくはすでに国外に行き、他国でも同様のことをして稼いでいるのかと」
「そうジウトン。それほど心配はいらんじゃろ」
トルーオンがチューディアに変わって話始めた。
「もはやルアン様も亡くなられた。アイン様にもそんなことは解らぬよう。既に教育係を手配しておいた。もし将来トゥアン様が成人して親政などとをお考えになれば、トゥアン様に引退してもらい、アイン様に王位を譲らせるつもりじゃ。そうすればルアン様もあの世で納得されるじゃろう」
「ようするにトルーオン様の天下はさらに続くということですな」
「ジウトン同様わたしも、引き続きトルーオン様についていきます」
「チューディア、ジウトン頼んだぞ。我々三人でこの国を自由に支配して行こう」
ーーー
広南国の王宮内で起こった半ばクーデターに近いお家騒動は、ほとんど国内に住む一般庶民のあずかり知らぬところ。ただ王が死に後継者が子供で摂政が政治を行うという情報だけは知れ渡った。
「王様が変わったようだなフエ」
広南国内の西山の地にいたニャクは、過去の武将が用いたという戦術の本を読んでいる末弟のグエン・ヴァン・フエ(阮文恵)に声を掛けた。
「兄ちゃん、知っているよ。でも僕たちにはあまり関係ないよね。大人になっていつでも武将になるために武術を磨き、兄ちゃんからもらったこの本で戦術を勉強するだけだ」
「そうかなあ。俺は今に大きく時代が変わるような気がする」とニャクは、フエの前に腕を組んで考え込んだ。
フエは兄がなにを悩んでいるのかまだわからなかった。が、少しずつ時代が変わるような予感を覚えた。
ーーー
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