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渡り鳥たちを見る人々 第842話・5.15

「無事に退院できたけど、それにしても変な夢見ちゃったなあ」と水辺を歩くひとりの女性。まだ体の一部が痛むが、歩く分には影響がない。「人間じゃなく別の生き物に転生してしまうってね。でもカンガルーって二足で歩行できるから、人に似ている気がするわ」女性は、入院中に見た悪夢がフラッシュバックのようによみがえる。
 気晴らしに近くの水辺に来た。ここは海のすぐ近く河口付近にある親水公園。だからであろうか、海から渡ってきたような鳥の姿があった。
「あ、これって!」女性は海のそばにいた2羽の鳥を注目してしまう。すると二羽の鳥からの会話が聞こえてくる気がした......。

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「渡り兄貴、ちょっと待ってくださいよ!」後ろからの1羽が前傾姿勢であわただしく前にいる鳥に声をかけている。「うん?酉吉、またついてきたのかよ」渡りと呼ばれる前の鳥は後ろにいる酉吉に振り返った。
「やっと振り向いてくれましたね。もう水臭いじゃありませんか、兄貴とあっしの中なのに」

 だが渡りは首を小刻みに左右に振ったかと思うと、「おい、酉吉よ。いい加減にしないか。この前も言ったとおりだが、確かに俺とお前は兄弟分。だけど、いつまでもそんなこと言ってられねえんだ。俺は孤高の渡り鳥。誰からの制約も受けずに着の身着のまま、この大空を自在に飛び続けるんだ」
 そういって渡りは、海の方を見た。すでに夕暮れが迫っているのか、海の色が青から白っぽく変わりつつある。
「だ、だけど、おいら、兄貴のことを本当にお慕い申し上げているんです。別に兄貴の邪魔は一切しません。ただ一緒についていきたいだけです」

「相変わらず聞き分けのねえ野郎だ。ほら、あそこ見ろよ。俺たちの無様な様子を笑ってみてやがるぜ」そういって渡りは女性の方に視線を向ける。
「あの人間ですか?」酉吉も女性の方に視線を向けた。「ごまかさないでください。そんな他の生命体の事なんかどうだっていいじゃねえですか。そんなことよりも兄貴!」といいつつ、酉吉はなおも食い下がった。

「まるで私に向かって会話しているみたい。想像すると本当に面白いわ」女性は相変わらず、茫然と二羽の鳥たちの見ていたが、渡り鳥たちに本当に意識されていることなど全く気づいていない。

「兄貴、お願いしやす。もう一緒に旅を続けませんか。ひとりで孤独に旅をするよりも、人数が集まった方が楽しいじゃありませんか。そうでしょう。江戸時代の弥次喜多道中だってふたりで旅をしている。だからさぁ」
 あまりにもしつこい酉吉、ついに渡は怒りの声を鳴き声で表現した。

「おい、酉よ!しつこいんだ。だから俺は単独行動が好きなんだっていってんだろ。いいか、もう一度言うぞ。お前は俺の行動の邪魔をしないって言ったな。だがな、今、お前のその言い草が俺の邪魔をしてるって言ってんだ。わかったか!」
 渡りの怒りが相当高かったこともあり、おもわず後ろに交代する酉吉。

「あ、兄貴、そんな、あんまりです。あっしのこれまで兄貴の邪魔なんて、あっしはあれ程まで兄貴のことを......」酉吉はうつむくと悲しそうに、首を上下に振る。

 ここでさすがに言い過ぎたと思ったのか、渡りの声のトーンが下がった。
「ああ、ちと言いすぎたな。酉よ、それはあやまるぜ。でもおめえ、もうひとり立ちできるだろ。いつまでも俺を頼るんじゃねえ。お前もこれからはひとりで渡り鳥として生きるんだ。そのうちまた新しい出会いもあるだろう。お前はお前なりに幸せに生きろ。もう俺についてくるんじゃねえぞ」と、同時に渡りは、夕日が沈もうとする西の海に向かって飛び立っていく。
「あ、兄貴! 嫌です、離れたくありません。あっしもついていきヤス。こうなったら海の果てまでも、兄貴と一緒に渡り鳥家業を続けるんで!と、酉吉も渡りを追うように、夕日に向かって飛び立った。

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 渡り鳥たちは途中から感情的になったこともあり、さっきまで目の前にいた女性のことを忘れていた。いつの間にか女性はその場所から離れていて、姿はない。もちろん渡り鳥たちはそのことに気にも留めなかった。だが、その渡り鳥たちが飛び立つ時に、すぐ前に代わりの人が見ていた男女カップルの姿がある。

 鳥たちが飛び立つと、男は時計を見た。「おう、そろそろ予約時間だ、いくぞ」「うん、そうね。でも......」女の方はまだ海を見ている。海からの緩やかな風が女の顔に心地よく吹いてきた。すでに飛び立った渡り鳥は点のように小さくなっている。
「あの渡り鳥たちかな?あのように今の私たちも旅を続けていられるのね」と、相変わらず視線を遠くに向けている女。
「まあな、去年までなら絶対できない。今の俺たちだからできるんだけどな。いくぞ、今からは地元の郷土料理の店だ」
 こうして男は、女を伴い水辺を後にするのだった。



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