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モノクロームな世界 第724話・1.17

「母さん、昔の世界はカラーで、色が楽しめたんだよね」今年の春に高校生になる15歳の新(あらた)の質問に母親の顔色が変わった。
「や、やめて! お願い!それは言わないで」突然目から涙をためてて悲しそうな母の表情。慌ててふたりの前に来たのは父親だ。「おい、お前、今の新の言葉は忘れろ!今のは空耳だ」優しく母の背中を撫でる父は、新に視線を送る。「新、母さんにその話はしてはいけないんだ! 後で父さんがちゃんと質問に答えるから、部屋で待ってなさい」

 新は「母さんごめん」と一言謝ると自室に入った。10分後、父が新の部屋のドアをノックする。「父さん入っていいよ」
 父は新の部屋に入ってきた。表情は硬い。「さっきの話だがな」「ああ、父さん、カラーの話ね」
 父は静かにうなづくと椅子に腰かける。そして小さくため息をつくと「もう、15・6年前、そうお前がちょうど母さんのおなかにいたときに起きた突然の悲劇なんだ」
「悲劇?」新の問いにもう一度父はうなづいた。「そう、かつてこの世界は鮮やかなカラーの世界だった。色が無限にあったんだ。色鉛筆とか色絵の具などというのもあったな。あのころは主な色を12色で表していた。だが、あの日を境に」父はここで言葉を濁して軽く咳払い。

「ある日の朝、起きると突然世界がモノクロームになっていた。父さんは寝ぼけているのかと思ったら、母さんも動揺していて「色が、なぜ、色が無いの!」と発狂寸前だったんだ。母さんは、カラーコーディネーターというその当時まで存在していた仕事をしていたからな。
「カラーがモノクロームって」「新には良くはわからないかもしれん。だが、この世界のだれもがあの日を境に、カラーというものを識別できなくなった。それからもうずっとモノクロームの世界なんだ」
「でも僕はこの世界しか......」「そうだな。新が生まれる前の世界の話だ」

 父の話は続く「あれから本当はカラーで見られた映像も動画もすべて、何もかもモノクロームでしか映らない。全世界の誰もがモノクロームの世界しか見れなくなった」「なんで見れなくなったの」新の質問に父は黙って首を何度も横に振る。「それは誰もわからない。モノクロームは白と黒の濃さの違いだけの世界。だが昔は、赤、青、黄とかいろんな色というものがあった。庭に咲いている花も昔は色んなカラーで、俺たちの目を潤わせてくれたんだ。またそれぞれの色にも濃淡があるから無限大に色が識別できたんだな」

「無限大の色......僕の知らない世界だね」「ああ、いや今となっては、色のことを知らない方が良いかもしれん。父さんもときおり、かつてのカラーの世界を思い出すと、つ、ついつい悲しくなるんだ、うぅ」父はそういうとハンカチを取り出し目頭を押さえる。
「ごめん、父さん、余計な質問をして」「い、いや、新、いいんだ。かつてそういう世界があったことは事実だから」父はハンカチをゆっくりとしまった。

「だから母さんはもうカラーのカの字も言ってはいけない。さっきようやく落ち着いたが、あの日を境に母さんはメンタルがずいぶんとやられたからな」
「わかった。これからするとしてもカラーの話は父さんにだけするね」「うん、お利口だ。4月からの高校生活もがんばれよ」口元が緩んだ父はそう言って部屋を後にした。

「僕が生まれる前にあったというカラーの世界か」
 新はこの後、ネット上で見つけたある研究者と連絡を取った。そして次の休みにその研究者と会う約束をする。

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「新君かね、よく来てくれた」新が電車に乗って向かった研究所。ここには岡田という研究者がいた。年齢が40歳代と思われる静かな物腰の男性である。「来て早々でも悪いが、まずは、これをみたまえ」
 岡田はあるディスプレイの画面を新に見せる。それを見た新は一瞬息を飲んだ。「見たことのない、こんな、え、なぜ?」新が見たのは、ある宇宙空間に浮かんでいる星、点のように小さいがその星から放つ光が青色をしている」

「そうか、君は今度高校生になるところだから、カラーというものを始めてみたんだね」「は、はい。これがカラーというものなんですか?」
 モノクロームの世界に生まれ育った新にとって、初めて見る「青」色は、心を魅了するのに十分すぎた。
「驚いただろう。この15年ばかり、どうしても見ることのできなかったカラーを、先月ようやく識別できた。と言ってもこの星だけだがな」
 岡田はここで軽く息を吐く。「計算上では100光年ほど先にある星だと思う」「10光年先にある青い星.......」新の目に輝きが増していた。
「まだ極秘事項だからここだけの話にしてほしいが、実は国際的なプロジェクトとしてワープ航法の実験が相当進んでいる。早ければ年内にも無人の探査機に遠隔操作でワープさせるらしいぞ」
「ワープって、漫画の世界の」「そう、いよいよ現実のものとなった。ワープが実現すれば、とても到達できないような遠方にも行けるようになる。まあ、人が乗れるようになるには、あと10年以上はかかるかもな。でも、新君の年齢ならチャンスがあるかもしれないぞ」
「そしたらこの青いというカラーの星も」「うん、調査の対象になることは間違いない。そうすれば、なぜこの世界がモノクロームだけになったのか、その原因がわかるかもな。
 新は、宇宙への興味が一気に湧いた。

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 そして15年後、30歳となった新は、本当に宇宙飛行士になっている。そして無人では数回行われたワープ航法により、青い星の写真がこの世界唯一のカラー映像として、多くの人たちの希望となっていた。
 そして初の有人ワープ航法は、この青い星に向けてワープを行うのだ。この宇宙船の乗組員となった新は、多くの人たちの歓声を受けながら、手を振り船内に向かう。

 そして新は着席しロケット発射までの緊張のひととき、15年前のことを頭の中で回想するのだった。

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