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下水管のトラウマ 第1051話・12.15

「この中に入るのか?」許可を得たので、マンホールのふたを開けて中に入った。なぜこんなことをしているのか?これは特別授業の一環だ。
 高校生の尾道拓海は、蓋が開いたマンホールに足を入れ、梯子にかけるとゆっくりと下に降りていく。体を半分ほどまでマンホールの穴にあけたとき、突然事件が起こった。突然支えていた足が滑って足が梯子から外れたのだ。
「え?」拓海が気づいたときには、遅かった。あっという間に重力が足を引っ張りマンホールの下の奈落の底へ。ついに圧力に耐えらず、梯子をつかんでいた手まで外してしまう。「あああああああ!」


「ふう、夢か?」拓海は嫌な夢を見た。マンホールに落ちる夢なんてろくなことがない。だが半分は正夢かもしれなかった。今日は本当に特別授業で、下水道施設を見学することになっていたからだ。さすがにマンホールの中には入らないとはいえ、そこに行けば実際の下水菅の様子が見学できるという。

「これ美羽に行ったら、『尾道君、感想楽しみね』とか言っているし、はああぁ」この日の授業はずっと前から決まっていること。幼馴染での交際相手でもある今治美羽に話したらやけに嬉しそう。だが当事者である拓海自身はあまり乗り気ではない。下水には一度嫌な思い出があった。昔、親せきの家に行った時だ、その家は古い路地の長屋でちょうど下水管が壊れたとかで、取り換える工事をしている時のことである。古い土管から新しい土管に変える際、古い土管を取り除くために、下水が地上に出る状況が発生した。
 普段なら地中に埋まっている下水が、そのまま小川のように流れるのはまだ良い。だがその水は、とても表現できるようなものではない、次元の違う悪臭が襲う。
 半日ほどで新しい下水管におきかわり、再び地中に隠れたが、あの時の悪臭はトラウマそのものだった。

 この日は朝とりあえず学校に投稿してからバスに乗って移動する。場所は東京・小平にある「ふれあい下水道館」というところであった。先生に引率された課外授業に参加したメンバーは、ふたりの先生も含めて男女合わせて20人ほど。中型の観光バスは学校から東京方面に向かう。向かった場所は有明にある虹の下水道館というところだ。

 こうして下水施設の前に到着した。施設は一階のエントランスから地下に向かってあるらしく、そこにはいろんな展示室がある。引率する担当者からいろいろな説明を聞きながらノートを取っていく。後日この見学についてのレポートを出す必要があるからだ。
 こうしていよいよ下水管の前に来れるという地下五階まで来た。
「よし、今からいよいよ下水管を見にいくぞ。間違っても中ではふざけるな。下水に落ちたらしゃれにもならんからな」とは先生の声。こうして順番に下水管の中に入る。
「ううう、」ついに下水管の前に来た。下水管そのものは思ったより大きい。下を見ると底の方に色のついた下水が流れているだけであったが、この悪臭は表現のしようがないほどだ。

 拓海は息を止めたり、口で息を吸ったり息を吐いたりしながら悪臭をできるだけ感じないようにしたが、やはり無理。そうなるとかつてのトラウマが急速に頭の中に湧き出てきた。
「あの時...…」今でも忘れられないあの日。いとことふざけあった拓海が誤って工事中で、むき出しになっている下水に突っ込んだこと。すぐに服を脱いで、シャワーに入ってきれいに洗い流したが、服は悪臭でそのまま洗濯機に入れられないし、気のせいだと思うが、3日ほど体が臭く感じてしまい、食欲すらも減退して食べられなかったという屈辱的ともいえる嫌な思い...…。
 拓海は一緒に入ったほかの生徒よりもいち早く、その場から逃げるように離れたのは言うまでもない。

ーーーーーー
「で、この前の下水管見学どうだったの。有明にも似た施設があるみたいよ」美羽は笑顔で質問をする。ここは有明とは海を挟んだところにあるお台場。
 今日は美羽とデートの日で、クリスマスのプレゼントを買いに来ていた。高校生だから買えるものは限られているが、お互いの好きなものを買いあって、当日交換しようと、東京にまで出てきたのだ。

「え、もういいよ。ほんと臭いだけだったから」あの事件の時は美羽はいなかった。話はしたかもしれないが、実際に臭い拓海を知らない。だから美羽は平気でそんなことを言うのだろうと拓海は思った。

「だったら、下水の仕事はできないね」美羽が意味深な表情をする。「うん、無理だろうなあ。もうすぐに嫌になった。ということはそのためには...…」
「勉強して、理想の仕事を探さないとね」美羽が少し嫌味っぽく答えた。 
 今、拓海は美羽とは違う高校で、美羽の学校の方が偏差値は遥かに高い。大学では、また同じ大学に通いたいと約束しているが、圧倒的に拓海は不利。
「今日は何もしないけど、明日から勉強しないといけないか」東京の海を眺めながら拓海はそう思った。

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シリーズ 日々掌編短編小説 1051/1000

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