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釜山旅行で出会った恩人は今?

「うわぁ、懐かしいい」香織は偶然、過去の写真を見つけた。これは2015年に釜山に行ったときの写真だ。「2回目のときも船だった。あの恩人に会うために行ったのね。あのときは福岡からの高速船だったけど」

 それを見ながら香織は、釜山の旅路の記憶を頭の片隅から蘇らせた。だがその記憶は、見つかった写真の2015年のものではない。その5年前、初めて釜山に行った2010年のときの記憶。鮮明に覚えているあの恩人を思い出す。

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「フェリーで1泊2日。まさか本当に当たるとは!」まだ寒さが残る2010年の春先のこと。京都で大学生活を送っていた香織は、ある公募の当選通知を見ながら口元が緩む。これは日本と韓国を結ぶフェリーの個室。デラックスルームが利用できる、往復チケットの当選通知だ。

「まだ彼もいないし、チケットはひとり分だしね。え、まさか現地で見つかるかも! いやん」香織は周りに誰もいないことをいいことに、頭の中で想像して顔を赤らめる。「よし、行こう。初めての海外ひとり旅。美味しいもの食べちゃお」

 こうして香織は大学が夏の休みに入ったタイミングに、釜山ひとり旅を敢行することにした。数カ月の準備期間中に、ガイドブックを片手に気になるスポットをあらかじめチェック。ひとりだから食べられる量は限られている。だからチェックしたレストランに優先順位を付けた。

 気軽なひとり旅なので、バックパック姿で出発。京都から大阪に移動し、大阪港を夕方に出発するフェリーに乗船する。瀬戸内海を航行し、九州からは対馬海峡を渡って国境を越え、釜山に向かうのだ。到着するのは午前中だからおおよそ16時間の船旅。

 大阪港でパスポート片手に出国手続き。海外旅行は過去にグアムに行ったことがある。だけど空港ではないから新鮮だ。そして大きなフェリーに乗り込んでいく。デラックスルームの個室に荷物を置いてデッキに出ると、乗船客は圧倒的に韓国人であった。
 他の多くのみんなはベッドだけの客室のため、デッキは特に賑わっていた。キムチが入った壺を持ったおそろいのパーマ姿をした年配の女性たちが目立つ。また同世代の聞きなれないハングルを語り合う若者もちらほらみかける。

 船は大阪港を出港し、すぐに明石海峡大橋をくぐっていく。乗り込んだときに大きなフェリーだと思ったのに、明石海峡の巨大な橋げたとその上に帯のように連なる道路を見上げると、乗っているものが小さな船に見えて仕方がない。この後深夜に瀬戸大橋、早朝に関門橋をくぐり抜けるのだ。

 船内の売店では日本円が通じるが、韓国通貨のウォンがメイン。香織は日本円の釣り銭として渡された、見慣れぬ紙幣を見てにこやかになる。しかし不安があったから、基本的に船内に閉じこもっていた。
例外なのは売店に通うときと、夜行われるエンターテーメントだけは部屋を出て見に行く。

 エンターテーメントとは、夜になってフェリー内の食堂で始まったのど自慢大会。韓国の人たちからすれば日本の観光からの帰り。だからだろうか? その余韻を楽しむようにグループで盛り上がっていた。

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「帰りはマジックショーだったのね。それも楽しかったけど」香織は思い出から一瞬現実に戻る。時計を見ると午前十時。「あ、ちょうど釜山に到着した時間だわ」

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「あれが釜山の町!」香織は他の韓国人乗客と一緒になって、海からはるか遠くに見える釜山の町を眺める。
 島国である日本からの海外旅行と言えば飛行機が当たり前なのに、船で国境を越えて少しずつゆっくりと時間をかけて異国に向かう雰囲気は、それだけで旅情気分が高まる。この日は幸いなことに天気も良かった。上を見れば雲がほとんどなく青々と広がる空。下に視線を置けば青い海と波がうねっている。ここは対馬海峡。外海だからか若干荒い。しかし大きな船体を脅かすほどの揺れは無かった。

 遠くには異国の陸地が近づいてくる。空と海だけはその世界とは無縁のよう。フェリーのスクリューで海にわき起こる、白い帯が後ろに流れていく。そして遠くには鳥の姿らしいものが見えてきた。
 当時香織が持っていた、ガラケーの電波が途絶えて久しい。このまましばらくすれば、韓国の電波をキャッチして国際電話になるのだろう。

 遠くに見えた街並みは確実に大きく、そして鮮明になる。フェリーは気が付けば、すぐそばまで来ていた。こうして無事に港に接岸する。

「釜山港に到着。船で国境越えるなんてやっぱり不思議」香織は入国手続きと両替を済ませると、歩いてホテルを目指した。
「まずは釜山の街を歩いて確認ね」と意気揚々に港から町へ、ホテルのある方向を目指す。ところが途中から位置関係がわからなくなってしまった。
「まず、えっとホテルは、ん? ジャガルチ市場からこっち。あれ?」おとなしく港からタクシーを使わなかったことを、今さらながらにに後悔。

「どうしよう。位置関係がわからないわ」
 当時まだスマホを持っていなかった香織。パソコンなども持っていなかったため、ネット環境が手元になかった。そのためガイドブックを頼りに探してみるも、見慣れないハングルの文字の羅列の前に、方向感覚がくるってしまったようだ」

 たまりかねた香織は、誰かに聞くことにした。しかしハングルもわからず、英語もあまり得意ではない。とは言ってられず、今の位置関係を教えてもらうために、道を聞いても怒られなさそうな人を探した。

 ふと目の前には靴磨き屋がある。そこでおそらくは50歳代くらいの眼鏡をかけた婦人がひとりで客を待っていた。「あの人の顔は優しそう。なら大丈夫かな」
 香織は、その人の前に行きガイドブックを見せると『このホテルに行きたい』と単語主体の英語で言った。
 聞かれた婦人は一瞬戸惑う。顔をこわばらせたが、すぐに香織のガイドブックを手にして眺める。そしてなんどもうなづくと笑顔になった。
「あ、知っているみたい。良かったわ」香織はこれで安心して宿まで歩いて行けると思った瞬間。全身からシビレのようなものが走る。

 ところがここで婦人は意外な行動を起こす。立ち上がって誰かを探しだした。するとちょうど自転車に乗った女性がこっちに向かってくる。香織よりは少し年上かもしれない。そして婦人は彼女を引き留めると、ハングルで何か説明した。
 女性は意味を理解すると、自転車をその場で置く。そして彼女はタクシーを捕まえてくれた。そして香織に「乗りなさい」と婦人がジェスチャーをする。「タクシーを拾ってくれたんだ。うゎあ、素敵!」香織は何度も婦人に頭を下げる。そしてタクシーの後部座席に乗り込んだ。

 香織がシートに座って軽く息を吐くと、意外なことが始まる。女性がそのまま助手席に座り、運転手に指示をするのだ。「ええ、どういうこと?」助手席に座った彼女は、ひきつづき運転手に指示をしている。どうやらホテルを安いところに選んでしまったために、少し道が入り組んだところにあるのがわかった。「だからわからなかったんだ」香織は見知らぬ国での安易な行為について、ひとり反省する。

 車は5分ほどでホテルの前に到着。香織は慌てて女性に礼を言いお金を用意しようとする。ところが彼女は「no problem」と言ってお金を受け取らない。驚きつつそのまま香織はタクシーを降りると、女性はそのままタクシーと共に去って行った。香織は驚きと感動が同時に押し寄せ、そのタクシーが見えなくなるまで静かに見送る。

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 香織はあの出来事をきっかけに「人の役に立ちたい」と思うようになった。そして帰国後に、1年半後に控えている就職先を、故郷瀬戸内に戻ることに決める。
 香織の故郷は瀬戸内に浮かぶ島のひとつ。そして島々を結ぶ小さなフェリー会社に就職した。そこで事務兼観光案内担当として、日々就航しているフェリーを利用する観光客へのガイドを行っている。

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「あれからもう11年か」「香織、11年って?」香織が振り返ると夫がいた。香織よりひとつ年上の夫とは3年前に結婚。「ああ、あの初めての釜山の恩人」
「おう、そうだ。お前と知り合って初めての海外旅行が、韓国の釜山。それで最初にその人に会いに行ったよな」

「うん、あのときも飛行機じゃなくて、博多から高速艇で釜山に向かったでしょ。そしてやっぱりあそこにいたわね。靴磨き屋の恩人」
「おまえすごく嬉しそうにお礼を言ってたじゃないか。だから向こうもすぐ分かってくれたようだな」
 夫もそのときの記憶を鮮明に思い出したようで、笑顔になっている。 

「そう、嬉しかったわ。お礼を言ってもう6年か。そのときに知ったのは、あの女性とは顔見知りというのと、私のために... ...」
「ああ、でもあのときも結局お金受け取らなかったな。仕方がないから俺の靴を磨いてもらってそのお金を払った」
「そうよ。海外旅行なのに、あなた革靴で来るんだから」香織は少し吹きかける。
「結果良ければだよ。でも本当に尊敬すべき素晴らしい人だった」香織は何度もうなづく。「うん、また釜山に行きたいわ。そしてまた会いたい。3回目だから次は飛行機かな」

 香織は数年前から増えてきた外国人旅行客。彼らが戸惑っている雰囲気だとわかれば、積極的に声をかけた。そして旅で困っていることを、把握するとそれに対応する。自分がかつて異国の地で助けてもらったこと。あのときの記憶をいつも心の中に忍ばせながら。


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シリーズ 日々掌編短編小説 403/1000

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