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これも読書なのか 第643話・10.27

「じいちゃん、入ってもいい」伊豆大樹は大のおじいちゃん子。一緒に住んでいる祖父の茂の部屋に暇さえあれば出入りする。もちろん茂も孫の大樹が大好きだ。
「おう、大樹いいぞ。入っておいで」

 大樹が部屋に入ると、茂が読書をしている。「あ、ごめん、読書中だったんだ。じゃあ」大樹は出直そうとすると茂は止める。「いや、いいぞ。というよりこれは普通の本じゃないんじゃ」
「普通の本じゃないって?」「おう、これは大学の教材じゃ」
「え!大学の教材!!」突然のことで不思議な表情になる大樹。その様子を見た茂は思わず笑う。「ハハハハハ!大樹、そんなに不思議か、じゃろうな。もう棺桶に入りかけているジジイが大学の教材読んでるなんて聞いたらおかしいわ」

「い、いや、いいけど。まさか、じいちゃん大学の授業受けるの?」するとさらにうれしそうに目じりに皴が集まる茂。
「そうじゃ、ワシは通信制の大学に入ってみることにした。ワシは商業高校を出てそのまま商売の道に入ったじゃろ。つまり最終学歴は高卒じゃ」
「うん、でも今まであれだけ商売で成功しているじいちゃんが、学歴とか関係ない気がするけど」大樹の不思議そうな表情は相変わらず。

「もちろん、今さらどこかに就職などせんからな。まあ学歴というか学びたくなったんじゃよ」と嬉しそうな茂。大樹はそんな茂を見ると同じように笑いが込み上げてきた。
「ああ、それでこの前、じいちゃん宛に段ボールが......」茂宛と聞いたので、大樹は差出人など気にせず、そのまま部屋まで運んでいたので気づかなかった。改めて茂の部屋を見ると隅には段ボールが置いてある。
「でも、何の勉強をしているの?」「まあ、歴史じゃな。ワシは歴史が好きじゃろ。だからもう一度体系的に学びたくなった。例えばこれじゃ」茂は今まで読んでいた一冊の本を大樹に見せる。

「近世江戸時代の町衆文化」大樹はタイトルを見てつぶやく。本は大学の教材のため、タイトル以外はシンプルなデザインになっている。せいぜい大学のロゴだけが少し目立つくらいか。

「とりあえず、来週からこのアイフォンで授業を聞くから、今は予習のための読書じゃな」
 大樹は茂の読んでいる教材を見る。現役学生である大樹がいつも使っている教材と中身はほぼ同じ。
「あと、またいろいろ参考となる本を読む必要がありそうじゃ。気になる話題が多いからな。しかし紙の本だと部屋がどんどん狭くなる」
「それなら電子書籍?」「うん、そう、アイフォンで本を読むことになるのう。電子書籍は、文字が自由に拡大できるのもワシにとってはうれしいんじゃ。ハ、ハハハハ!」茂は大声で笑う。

「でも、びっくりした。僕の大学の教材と同じような内容だよ」「そうじゃ、一応、4年で卒業で、通信制でも普通の大学生と同じ扱いなんじゃぞ」「え? じいちゃん本物の大学生!!」

「そう、これじゃ」茂がポケットから取り出したものは学生証である。「学割なども申請すれば受けられるそうじゃなぁ、ハハハハア!」
「へえ、東南アジアの歴史なんてあるんだね」大樹は別の教材を手にした。
「おお、そう、明日はそれを予習する。特にミャンマー当たりの歴史がいま本当に気になってのう。それを選択したんじゃ。さあワシも急に忙しくなったわ」大樹が茂を見ると、急に若返ったようなイキイキとした表情をしている。それを見ていると大樹は何となく居づらくなった。

「じゃあ、僕はこれで」「なんじゃ、まだ来たばっかじゃ」
「いや、僕も急に読書したくなったので。またね」こういって大樹は半ば逃げるように茂の部屋を後にした。
「じいちゃんも、僕と同じ大学生かあ......。ちょっとこれは頑張らないと」大樹は最近あまり大学の授業をさぼりがちになっていることを恥じてしまう。それならばと自分も勉強という名の読書をするために自室に戻るのだった。


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