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小説の禁じ手? 第954話・9.5

「で、なに、それで主人公は夢の世界を繰り返したってことだな」
 アマチュア小説家のオロチヤマタノスケは、同じ小説仲間の後輩、夢野みみずくが書いた小説をさらりと読むと軽く批評した。
「ちょっと、ひねりすぎましたかね」みみずくは、別にヤマタノスケの小説と自らの小説とを比べて劣っているとは思っていない。ただ年も経歴もヤマタノスケの方が上だから立てているだけである。
 そもそも幻想的で、ファンタジックな作品を得意分野とするみみずくは、歴史小説を主に執筆するヤマタノスケとはジャンルそのものが違うのだ。

「まあ、俺には書けぬ世界の話だから、何とも言えんな」とまで言い終えたヤマタノスケ。ところが頭を上に向けて考え込む。しばらくの沈黙が流れた。
「ということで、僕はこれで」「ああ、また来週な」
 ここでディスプレイ画面が変わる。ふたりはZOOMをしていて、事前お互いの作品をメールで送り、それを詠みながら批評というか感想を言いあうということをしていたのだ。

 ちなみにヤマタノスケは、中世の日本をテーマにした物語で、史実をもとに多少脚色したもの。みみずくは、「さすが、ヤマタノスケさん!」と評価していたが、果たしてそれが本当かどうかなどわかるわけがない。

 みみずくはどうかわからないが、ヤマタノスケは、あの作品を見て実は心に来るものがあった。いや作品そのものというより、みみずくの表現方法である。
「ああいう、ファンタジーっぽいのも書いてみたくなったなあ」

 漠然と考えるヤマタノスケ、さっそく書いてみることにした。「時代小説だったら転生をさせるとかそんな感じなんだろうね」
 あれこれ考えながら筆を執る。少しずつ時間をかけてキーボードをたたく。いつもなら1日2000字は軽く書けるのに、やはり普段書かない分野ということもあるのだろう。1日500字を書くのがやっとのようだ。

 ZOOMの対談は毎月行っていたが、次回からはペースを落とすことに決まった。それまでは月に1本は2万字前後の作品を量産していたが、今回はどうしても書けない。ヤマタノスケはみみずくにこのようなメッセージを送る。「悪いが新しい分野にチャレンジする。完成するまで待っていてくれないか」と、みみずくはすぐにOKのスタンプを返してくれた。

 こうして3か月が経過。ヤマタノスケは作品の9割を完成させていたが、ここでいまいちしっくりこない。「もう少しだが、うーん納得できない。困ったなああ」
 思わぬ壁にぶつかり、気晴らしに外出なども行うがいまいち乗り気ではない。でもここまでやった以上、完成させたくて仕方がないのだ。

「そうだ!」ある日のこと、ついにヤマタノスケはひらめいた。そうなると、キーボードをたたく速度が急速に早くなる。それまでは、一秒間にひとつ叩くかどうかの状況を繰り返しては、席を立って体を伸ばしたり、別のことで気持ちをリラックスさせたりしていたが、この日は違う。
 キーボードがまるで音楽を奏でるかのような速度で、両手の指が軽快に動き出した。
「よし、これで行ける、こうすればよかったんだ」ヤマタノスケの頭の中も最近のモヤモヤが一気にすっきりしたかのようだ。

 こうしてついに新しいジャンルの物語、時代物の中にファンタジーの要素を織り交ぜたハイブリッドな作品を完成させた。

「よし、さっそく連絡を」ヤマタノスケは待っていたとばかりにみみずくに連絡を送る。だがいつもなら遅くとも1時間以内には返事をくれそうなみみずくからの返事はない。そればかりか未読状態のまま放置していた。

「あれから、5か月だもんなあ。いやあかかっちまったよ」ヤマタノスケは、みみずくに申し訳ないと思いつつ返事を待ったが、やはり返事がない。

「もう、嫌われちまったかもな」ヤマタノスケはみみずくをあきらめ、別の小説仲間に、作品を見てもらうことにした。その相手は快く読んでくれるという。こうしてヤマタノスケはその人に小説を送った。

「ほう、これがZOOMか、ほう、ワシは初めてじゃった。お前こんなのやるとはすごいなあ」と、いつものみみずくではなく、ヤマタノスケよりも倍以上年上の高齢者の作家が画面に出てきた。
「いや、まあZOOMのことはともかく、その作品について」
「おう、うん、なかなか面白かったぞ。特にワシらと同じ小説家が、江戸時代に転送される下りは、リアリティがある。じゃが、そいつは戻ってこないのか」
「え、まあ、やっぱり戻した方がよいですか」
「その方がよいと思うな、別にハッピーエンドにする必要もないが、戻らないと何となく中途半端じゃ」
 茂という作家はそういうと、「あいふぉんの電源が危ないから、これで。ほんじゃあな」と言って一方的に通信をやめた。

「そうか、やっぱり戻した方がよいか、だよな。転送されて戻ってこなかったら、あ!」
 このときヤマタノスケは全身から鳥肌が立つ。なぜならば小説に登場させた小説家とはみみずくだ。苦し紛れにいつも小説を見せ合っている相手のみみずくを使って江戸時代に転送させ、転送から戻ってこないまま終わらせたが、それからだ。みみずくから音信不通になったのは。

「あああ、全部未読のままだ。まさかとは思うが......」ここでヤマタノスケは、筆を執る。年配の茂さんのアドバイスに従い、転送したみみずくを現代に戻して、彼がいろいろ勉強になったというエンドに切り替えたのだ。

「できた!」ヤマタノスケは筆をおいた。それから5分もしないうちに、それまで未読だったみみずくのメッセージが次々と既読になり、その10分後くらいだろうか、彼からのメッセージが来たのは。

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