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予知夢と現実のギャップ。第918話・7.31

「俺が陰謀論者だと!愚か者!俺はただ真実を語り、実践しているだけだ!」駅前の広場で突然大声で叫ぶ男がいる。年のころは60歳代、いや70歳近いかもしれないが、男は叫びながら誰かを拳で殴りはじめた。
 ときには蹴りを入れるではないか。だがこの男の目の前には誰もいない。空気相手に格闘しているのだ。

「ちょっと何?あの人危ない!」男の不可解な行動を見た、葉月若葉は駅前でバスを待っている間、思わず身震いをした。
「ああ、心配しなさんな、あいつはいつもああだ。なあに、実はああやってひとりで運動しているだけ、あと10分もすれば疲れておとなしくなるさ」  
 若葉の横でバスを待っている老人がやさしそうに語る。彼も暴れている男と同じくらいの年齢。涼しい表情をしていて不可解な男のことをほとんど気にしていない。そういえば、この人に限らず周りの人だれも男のことを気にしていないのだ。
「いきなり、すごい街に来たのかしら」若葉は所用で初めて降り立った駅といきなり見た街の様子を見て驚く。
 やがてバスが来た。若葉は、話しかけてきた老人らとともにバスに乗る。若葉はバスの中からやや後方に座った。老人は前の方に座っている。

 駅前広場を出発したバスは街中を走った。この町には、駅前から続く新興住宅地のようで、同じようなデザインをした家をいくつも通りすぎていく。
「本当に同じような風景ね。いい加減眠くなってきたわ」若葉のまぶたが閉じてきた。眠っていたのかしばらく記憶があいまい。やがて睡魔が少し落ち着いてきた。まぶたはもう閉じない。若葉がバスの前を見ると、先ほどの老人は、降りたようで姿は見えなくなっていた。
「今どのあたりかなあ」若葉は、目的地がいつになってもつかないのにいらだつ。車窓は相変わらず変わらない。同じところを回っているかのよう。でもそうかもしれない。風景は少し変わったが、そこはバスに乗り込んだ駅前の風景だ。
「え?まさか降りるところ寝過ごした?」若葉は少し焦った。で、次、停車したのは駅前広場。やってしまった。

 若葉は、振出しに戻ったので、いったん降りようとした。どうしたことか立ち上がれない。「あれ?」お尻と椅子がまるで磁石のようにくっついたかのよう。もう一度思いっきり立ち上がる。すると立てたが、直後にバスのドアは閉まった。「あ、あ」と、口だけ焦る若葉。
 だかさらに衝撃的なことがおきる。バス乗って来た客の中に、先ほど駅前広場で奇怪な行動をしていた男が乗り込んで来たのだ。

「ち、ちょっと。あの人って......」若葉が戸惑っているうちに、バスは動きだした。とはいえ例の男はバスの中ということもあるのか、大人しいまま最後方の席に座る。
 だが目つきが明らかにおかしい。若葉は、男と目を合わせないようにしながら、もう一度席に座り直そうとしたが、ここで突然バスが大きく揺れた。乗客の悲鳴声が車内に響く。若葉はその衝撃で通路側に飛ばされて倒れた。
ところが、例の男、衝撃と悲鳴に反応したのか、とつぜん立ち上がると「愚か者!俺は闘う!」と、大声で叫んだ。

 そのあと、駅前で見た通りのこと。目に見えぬ相手、つまり空気に対して殴り始める。若葉は恐怖のあまり、できるだけ男から離れようとバスの前に向かおうとしたが、相変わらず激しい運転のため、車内は大いに揺れており、うまく動けない。

「ひ、ひええ!」若葉は、恐怖のあまり声が出た。それに男が反応。若葉と目が合う。「あっ」若葉は慌てて目を逸らすが、男は若葉を見ながら、「そこにいる愚か者、まずはお前を成敗してやる!」と、明らかに若葉に対して声を荒げた。「き、きゃー た、助けて!」若葉も大声を出す。男への威嚇と誰かの助けを期待した。だが他の乗客のだれも若葉に気づかない。あたかも男と若葉の存在が、見えていないかのようだ。

「あ、や、やめて、やめろ!」大声を出す若葉。腰を抜かしたまま、仰向けの状態で、両手と両足で後ろ向きにバスの前方向に逃げる。男は完全に狂ったような表情で白目をむき出し、若葉のすぐそばまで来た。そのまま若葉を睨むと、「これでも食らえ!」と、若葉に殴りかかる。「ひ、ひえー」若葉の叫び声が響く。男のパンチは若葉の顔めがけて急接近。


「あっ」と、ここで若葉が目覚める。そこは列車の中。「あれ、あ、全部夢か」若葉は夢の余韻が覚めず動揺している。10秒くらいでいようやく落ち着いた。冷静に考えると列車で今から向かっている駅に着く前に、夢で先に到着していたのだ。
「それって予知夢というものかなぁ」若葉は複雑な気持ちになる。まさか夢のようなことは無いと思うけど。

 若葉の目が覚めて10分後に降りる駅、つまりさっきの夢で出てきた駅に到着した。だが駅名こそ同じであるが、雰囲気が全く違う。夢では地下駅だが、ここは地上の駅、そもそもホームから見える町の雰囲気が全然違う。「そうよ。バスがないから迎えに来るって言ってた」若葉はそのまま改札に向かう。

 改札を出ると、「葉月さんですか?」と、男性の声。「そうです」と、若葉が答えで男性の顔を見たそのとき、若葉は大きく目を見開いて驚いた。顔が夢で出てきた奇怪な男そっくりだから。
 だけど夢とは違い、その人は夢とは全く正反対で、物腰の柔らかそうな紳士そのもの。だけども本当に顔がそっくり。

「あの、どうしました?さっきから笑ってますが、僕の顔に何か付いてます?」
と、運転しながら戸惑う男性。「い、いえ、何も?」若葉はそう言いながらも、必死で笑いを堪えるのだった。




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