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埋められた上で決めたこと

 「ここに、フェルナンド先生が埋められているのね」
 スマホを向けて写真を撮った涼香は、フィリピン・マニラ郊外にある、視界が非常に開けた墓の前にきていた。そして静かに手を合わせる。  涼香の横には、学生時代からの親友で、今ではビジネスでの繋がりがある清美の姿がいた。

「フェルナンド先生は、私にとっては義父でもあるけど、涼香の前だし、今日は先生と呼ぼうかな。急なことだったけどあれからちょうど3ヶ月。涼香が来てくれたから、今日は先生絶対喜んでるわ」


 ときおり強い風が吹き付ける晴天の墓地の前。お互いの黒髪が靡く。近くには誰もいない墓の前でふたりの会話は続いた。
「日本だと火葬が当たり前だけどフィリピンは土葬。そのまま埋めちゃうのよね」

「私もこっちに来るまでは何度か日本の葬式に出席したけど、フィリピンの葬儀はやっぱり違うわね。キリスト教の影響とかも大きいし」
「でも、あのときどうしてもタイミングが悪くて、先生の葬儀に行けなかったのは残念だったわ。本当に先生のおかげで今の自分があるというのにね」  
 涼香は少しか細い声でつぶやいた。

「仕方ないわよ。涼香が先生の遺志を継ぐように日本で英会話の学校を設立したんだから。その話をしたときの先生の嬉しそうな表情は、今でも、わ・忘れられな・いわ」
 清美は突然何かこみ上げるものがあったのか、慌ててハンカチを取り出して目を抑えた。
「あ、もうあまり悲しまないで、清美。ここは先生の目の前よ。そんな姿見せた背中で眠っている先生が悲しむわ」涼香は清美の背中をさする。

 涼香が気になった視線が付けば遠くに人影が見える。彼らはお世辞にもこぎれいとは言えない地元の人の姿が数人見えていた。貧富の差の激しいフィリピンでは、最下層の人が墓地を生活の場にしているのだという。

ーーーーーー

「ごめん、涼香もう落ち着いたわ」清美はようやく笑顔が戻る。
「でもあれから、もう15年か...... 大学に在学中に将来のことを考えて、英語留学を考えていたけど、ヨーロッパとかアメリカだったら滞在費だけでも高いのね。
 貯金していたバイト代だけではちょっと厳しいと思っていたときに、清美がフィリピンで留学しようって教えてもらったから」
 涼香は視線を遠くに向ける。それは先ほどの人の陰とは別の方向。遠くには墓地を囲うようにある緑しか見えない。

「でも、あのときの涼香の驚いた表情今でも覚えてる。『フィリピン? 英語の留学で??』って、すごく不機嫌だったじゃない」
「だって、イメージわかないよ。それに場所がセブ島とかいうんだもん。てっきり清美はビーチリゾートで遊びに行くのと勘違いしているんだとばかり思って」

 会話をしながらそんな記憶をたどるふたり。
途中で涼香がふと視線を上に向けると、快晴の青空とすぐに暑くなる日差しが肌を突き刺しくる。

「まあ、普通はそう思うかな。でも私は親せきがこの国にいるから」
「そうね。清美のお母さんマニラの人だもんね」
「うん、元々学校のこともマニラの伯父さんから教えてもらったのよ。
『マニラのマカティにある語学スクールが、今度リゾートを楽しみながらの外国人向けの英会話学校を作ったそうだ。出来たばかりででキャンペーン中ということで安いんだぜ。どうだお前行って来いよ』と、言われてね」

「でも、だから続けれられたのかな。本当に遊びながら英語が勉強できたわ。現地に到着したら先生に『私の自慢の息子だ』と紹介されたミゲル君もいてね。留学費用も、アメリカなんかと比べたらずいぶん安くついたわ。でも」涼香のいやらしそうな眼差しと意味深な笑み清美に向ける。
「清美いつの間にかミゲル君と......」

 思わず清美は後ろを向いた。
「またその話か! だから涼香と一緒にセブ島で英会話の合宿してたときは、彼とはそんな気持ちなんか全くなかったんだってば」「本当に」「本当よ! 好青年とは思ったけどまさか......」
 清美は後ろを向きながら少し不機嫌な表情。でも本気で怒ってはいない。
「あれからセブ島で再会したのは、それから5年後なのよ」
「本当かしらね。それから1年もたたないうちに入籍したくせに」
「本当よもう!」涼香のほうに振り返った清美は表情に笑顔が戻る。

「やっぱり、私は日本人の父とフィリピン人の母を持つから、フィリピンの空気が合うのかなあ。あのときは本当にトントン拍子で決まったし。実際にこっちに来てから、日本にいるよりも楽しいの」

「清美それは、私も同じよ」涼香も笑顔になって一瞬空を見る。ちょうど涼香の顔に日差しが照り付けた。
「私にはフィリピン人の親戚なんかいないけど、セブ島の半年間の留学は本当に楽しかった。先生とミゲル君に教わるのも、日本の英語の授業とは大違い。それから目の前がビーチリゾートだから、休みのたびに海で遊べたしね」
「そうね。日本語封印して英会話だけで1日中遊んだりしたね。おかげですごく上達できた。また涼香とあの時代に戻りたい気もするわ」
「ほんと。戻れるなら絶対」
 涼香は再び空を見る。両手を斜め下に伸ばして灼熱の太陽を浴びるように胸を張り、そして思いっきり深呼吸した。

ーーーーーー

「ずいぶん暑くなってきたわね。けどここは風も強いし、やっぱり日本と違って、心地よい空気だわ。でも、まさか、清美と一緒にビジネスなんかするとは思わなかったわ」
「そうね確かに。でも涼香が大学卒業してそのまま日本で大手企業に就職したでしょ。英語の翻訳通訳の仕事と聞いてたから。てっきりそのままキャリアを積んでいくのかと思ったの。そしたら突然退職するし。最初聞いたときは、についに結婚か」と思ったわ。

 涼香は笑顔で否定する。
「それは無いけど、前も言ったとおり、私はずっといつか独立して会社作りたかったの。どうせなら英語が活かせらたらと思ってたら、このフィリピンの空と海を思い出したの。気が付いたら毎日夢にまで出て来るし。
 それで気づいたんだ。そうだフィリピンには友達も知り合いも多くいたとね」

「涼香の行動力にはいつも頭が下がるわ」
「そうかな?ミゲル君のこと考えたら清美の方が」
「もう!しつこいの!!」

 清美は笑いながら涼香の背中を軽くたたいた。

「ゴメン、ゴメン。私まだ独身だからついついひがんじゃった」
「でも、涼香も今彼いるんでしょ」
「一応いるけど、どうもあいつ結婚する気なさそうなんだよな。いったいどうなることやら」「そうかしら、一度探り入れてみたら」
「どうだろうねえ......」清美は、涼香が一瞬寂しそうな表情になったのを見逃さない。

 突然、これまでよりもひときわ強い風が吹いた。涼香も清美も陽ざし除けにかぶっていた帽子が取れそうになるのを慌てて両手で抑える。
「うお、今のスゴイな。そうそう話戻るけど、涼香が先生の英会話学校と提携する形で日本の学校を設立するってね。そんなの聞いたときは家族みんなびっくりしたわ」
「まあね。清美がいたし。先生もミゲル君も知っていたから、甘えちゃったかな。会社設立には清美とミゲル君を思いっきり利用しちゃった」

「いやいや、やっぱり涼香の力だと思うよ。プレゼンの資料も凄くしっかりしていたし、先生もミゲルも
『やっぱりスズカはあのときも優秀だと思ったけど間違ってなかったなあ』て感心してたから」

「でもさ、設立に足りない分を少し出資までしてくれたよね。あのときは本当に助かりました」涼香は清美に頭を下げる。
「いいのよ。だって涼香のところが日本の拠点になって、それから多くの日本からの留学生が集まったわ。来年マニラにもうひとつ学校作ること本気で考えるようになったから」
「私も日本の学校を作ってこの2年いろいろあったけど、最近ようやく軌道に乗りかけた。でもその矢先に、先生が......」

「涼香!それはもう言わないの」清美の一言で一瞬真顔になる涼香、急に髪を整えた。
「でも先生にその様子がしっかり伝えられたことが幸いだったかな。これからは清美とミゲル君に改めてお世話になります」と、涼香は清美の前で頭を下げた。

「もう、改まらなくても。そう涼香は今回はいつまでフィリピンだっけ」
「今回は13日帰国だからあと4日ね。さっきから結構暑くなってきたなあと思っていたら、もうすぐお昼だわ。これは絶対日焼けしてるな。今からお昼どこかおすすめない。今日はお休みだから夜まで清美に付き合えるわ」
「私はOKよ。今日は子供たちの面倒をミゲルが見てくれるから。涼香は明日が市内の視察で、あさってはセブ島の視察だもんね」

 そんな会話を交わしながら、埋められて眠り続けているフェルナンデスの墓を背に墓地の駐車場に向かうふたり。そして涼香は後ろを振り向いてフェルナンドの墓をもう一度見る。そして大きく頷いた。
「どうしたの涼香」「うん? ちょっと決めたの。やっぱり告白する」

ーーーーーー
「本当に懐かしい画像」涼香は3年前に清美と共に行ったフェルナンドの墓の画像を眺めている。
「ああ、それか。まさかそのときお前があのメッセージでな」近づいてきたのは友和。
「うん、そう清美と話をしながら、頭の中でそう決めたの。びっくりした」

「そりゃびっくりしたよ。仕事と墓参りを兼ねてしばらくフィリピンを楽しんでいるのかと思っていたら、
突然メッセージが来て。『私のことどう思ってるの、将来の事とか』ってきたから。

「でも、その後メッセージの返事でくれたプロポーズ。嬉しかったわ」「ああ。ちょうどそろそろ考えていたからな。それにあとで調べたら5月9日は告白の日だったんだ。タイミングもばっちりだな」

 涼香が友和に送った告白を促すメッセージがきっかけて、ふたりは結婚を決意した。その10か月後にマニラで挙式。
 当日は清美やミゲルたちの祝福を受ける。その後友和は会社を辞め、涼香の事業を手伝っているのだった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 474/1000

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