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野次馬の心理 第1049話・12.13

「もしかして私たちって...…」とつぶやく女がいた。「はあ、何を考えているんだ!ばかばかしい」それに対して否定的な男。
 目の前でそんなシーンが流れている。これは映像ではない。目の前にある実際に起きている姿だ。僕は単なる第三者以前の問題、恐らく当事者からしたら通行人A的な立場だと考えてほしい。
 だがそんな通行人が思わず足を止めたのは、そこにいる男女がただ事ではない雰囲気を醸し出していたからだ。

「なんでそんな言い方するの!」女は感情的になり、男に対して罵倒気味に大声を出す。正直な感情のようでそこには打算が無い。
「ふん、言い方もなにもねえよ。俺は正直なことを冷静に言っているだけだ!」対照的に冷静さを意図的に醸し出つつも、感情的に圧倒しながら自らの立場を優位に立とうといている男。ある程度打算が働いているのだろう。

 僕は野次馬根性が働いたのか一部始終を見ていた。この男女の応酬は大声を出しているから、僕以外にも10人近いやじ馬がいて、男女の様子をうかがっている。「みんな見たいんだな。この男女がどうなるかとか」
 僕は自分もそうなのに、ほかの野次馬の人たちを見てそんなことを考えていた。女は「そんな言い方ってひどい!」と、さらなる感情をあらわにする。男はとまどいつつも、あえて何も言わない。冷静さを保とうと必死なようだ。

 男は黙ったままだから女はそれからは何も言わないが、目に怒りが立ち込めている。僕は途中からしか見ていないから、この男女がどういういきさつでそうなっているのかわからない。だが尋常ではなさそうだ。
 もし双方のどちらかが物理的に動いて、手を出したらどうしようと思った。僕は関わりたくないけど、本当に殴り合いやそれに近い状況になるならば止めなければならないだろう。110番通報という手段もあるが。

「だから、言い方も何もねえだろ。お前、自分の立場考えろよ!」1分くらいの沈黙ののち、男が言葉を発した。男の今の言い方では恐らく女に問題があるかのような言い方だ。それが正しいかどうかは別として...…。

 僕は女を見た。少し離れているかわからないが、表情的に今にも泣きだしそうな雰囲気だ。僕も含め周りはだれも何も言わずただ様子をうかがっているよう。

「わかった。もういい、さようなら!」次に女がこのようなことを言うと、男とは逆方向に角度を変えて、歩き出す。男との決裂の瞬間のようだ。だがこれに対して男は納得できない。
「ちょっと待てよ!逃げるな」男は女の後を追う。女に最接近し、女の肩を持とうとするが、女はそれを振りほどく。男は一瞬ためらったが、すぐに女の後を追う。女はヒールの靴を履きながらも、速足で歩いていく。やがて地下鉄の入り口まで来ると、そのまま地下鉄に乗るのか?降りて行った。男もそのあとをついて行くようだ。

 この後の様子についてはもう僕は地下鉄の中の出来事だからわからない。様子を見るため地下鉄入口から下に降りても良かったが、これ以上いざこざにかかわって余計なことに巻き込まれたら元も子もない。だから僕はそれ以上関わりたくないからその後は追わないのだ。
「だけど」それでも僕はギリギリの場所に向かった。それは地下鉄入口のすぐ前だ。
 そこまで行くと、下から怒号が聞こえる。男女の声が交互に、場合によっては重なって聞こえた。多分先ほどの男女だろう。だが地下で行われていることについては、声が色々と反響しているから何で言い合いをしているのか全く分からなかった。まあわからない方が良いのかもしれない。

「これ以上は、いいか」僕はようやくこの男女の事がどうでもよくなり、地下鉄の入り口から反対方向に歩いた。
 ところがだ、それから1分もたたないうちに、制服姿の警察官が10人近く現れ、真剣な表情で地下鉄の入り口に向かっている。そうなると僕は再び地下鉄入口方向が気になった。振り向くと警察官はそのまま地下鉄の入り口に入っていくではないか!

「事件か?」僕はあの男女がついに警察沙汰を起こすほどの状況を起こしたのだと直感した。もう一度地下鉄の入口に向かう。いったい何があったのか、もしとんでもない状況だとしても、あれだけの警察官が先行して地下への階段を下っている。僕が後ろから行ったとて、恐らくこちらへの被害は最小限だろう。

「ああ、やっぱり僕は野次馬だ!」自分自身でそんなことをつぶやいた僕は地下鉄の入り口まで来た。そのさきになにがあるのかわからない。でも今回はその先に行き、地下に続く階段を下りてみた。「警察が先に行ったから大丈夫」そんなことを心の中で呟いて。

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