見出し画像

北の大地で味わう語韻の旅

1、ハンドル方手に「弥立つ」(いやたつ)

画像1

「さあ着いたぞ」新千歳空港に降りたつと思わず身震いしたある旅人。北海道の広さを思いっきり体感したいと、レンタカーで道内を走り抜けることにした。

「予定では今日のうちに網走市内のホテルが目標だ。そして旭川で遅めのお昼、ラーメンを食べよう」そんなことを頭の中で思い浮かべて、空港からレンタカーのカウンターへ来た。「こちらの車です」と言われてキーを受け取る。

「さあ今からスタートだ。ハイブリッド車のエンジンをかけると、旅人は深呼吸をしながら弥立つ(いやたつ)。いよいよ心を奮い立たせると、左右を確認し、ギアのチェンジとドライブにセット。そしてハンドブレーキを解除した。

 そしてじっくりと右足のアクセルを踏みつけると、ゆっくりと車は動き出し、ハンドルを回す。あらかじめカーナビのセットも終わっている。カーナビからの指示を仰ぎながら指定された方向へ。北海道激走1200キロメートルの旅がいよいよスタートしたのだ。
(本文399字)

2、ふたつの滝の「已己巳己」

画像2

「『銀河の滝』と『流星の滝』か、見た目同じように見えるわね」北海道の大雪山のふもと、層雲峡にはこのふたつの滝を同時に見られる双爆台と言う場所がある。彼女がつぶやくのも理解できた。俺はただ頷いていてもつまらないと思い、小難しく「まるで已己巳己(いこみき)の滝だな」と一言。

「え、何それ?」「似ている字を集めて互いに似ているものをたとえているんだ」と答えた。彼女は狐につまされた表情をして再び滝を見る。「まるで夫婦の滝ね。夫婦はだんだん似てくるんだってね」と彼女はこちらを見た。俺は思わず顔をそむける。

 結婚3年目。倦怠期になりかけていた。だから彼女の誕生日祝いで北海道旅行を計画。千歳空港からのドライブの最中だ。「うん、お互い似たもの同士になりたいな」俺はさりげなくつぶやいた。それに彼女は反応しない。俺はそれ以上は何も言わなかった。でも多分だがこの後に立ち寄った滝下の売店で少し優しくなった気がする。
(本文399字)


3、「気散じ」のつもりが

画像3

「いやあ、どこまでも直線が!気散じ(きさんじ)というより別の問題が起きそうだ」最近はどうも気持ちにゆとりがない。気分転換に飛行機に乗って来た北海道。

 さて気晴らしにとレンタカーで大地を運転している。「昼間はまだいい。北海道の雄大な大地をときおり眺めながら運転できた。うわさに聞いた大雪山だったか、すでに雪が積もってやけに大きな山だ」と、呑気に走っていたのが悪かったのか?気が付けば外は真っ暗だ。

「ええ、この道どこまでもまっすぐじゃないのか?」ライトに照らされる道幅がわかる表示板が延々と続く、片道一車線の国道。左右にあるのは牧草地か?遠くに光が見えてこっちに向かう対向車だ。しかしその光を確認し、それなりの速度で走っているのに追いつくのに1分以上かかっている。それだけの直線道。

 怖いのは単調すぎて襲うであろう睡魔のみ。「仕方がない」とつぶやきつつ気散じに、本日9回目となる睡魔対策のラムネを口に含んだ。
(本文400字)


4、酒を味わいながら「生一本」

画像4

「この日本酒、生一本とあるな」北海道の温泉旅館の夕食で出された酒の瓶にそう書いてあった。

「それってシングルモルトのことですよ」「はあ?」
 同行者がおかしなことを言っている気がして不快になった。「あ、言い方悪い。たとえね。だからひとつの酒蔵で作られた酒と言う意味」「ああ、そういうことか」と納得した。

「北海道に限らず全国に地酒があるけど、みんな職人たちは、心がまっすぐで一途に酒造りを励んでいるんだろうなぁ」といいながら、盃に入った酒を飲む。「うまい」ほかの言葉が思い浮かばない。

 窓から外を眺める。海があるはずだが闇で何も見えない。「さっき漁船が見えました。多分漁師さんも、一途に魚を求めた生一本の人が多いでしょうね」今度はまともなことを言う。もうひとくち酒を口に含むそしてゆっくりと頷いた。そして「生一本」な生き方に憧れる。
「旅から戻ったら、そんな生き方を送りたい」と、頭の中で自分自身につぶやいた。
(本文400字)

5、小さくても晴れがましい「色節」

画像5

「今日はいい天気だ」と、オホーツク海をながめていた。本当に北の果てに来たと思えば、今から遊覧船に乗る。向かうは知床半島の先端部分。そこには野生のヒグマが見られるスポットがあるのだという。

 実は北海道らしい野生動物をすでにいくつか見ている。夜の道に現れたエゾシカの巨体。そして昼間、口に何かを加えていたキタキツネだ。「さあ二度あることは三度ある。今日は野生の熊を目に焼き付けよう」と、勇んで船に乗る。これは色節(いろふし)のようなもの。つまり空の天気同様、晴れがましい行事と言っても過言ではない。

 船は港を出てオホーツクの海に向かう。波は激しいが心配するほどではない。そしてスポットに到着「さてあれかな」と思うのがいくつか見えたが違った。熊そっくりな岩ばかり。

 遊覧船の人と一緒になって探した30分。しかし残念なが見られない。でも後悔はなかった。野生は人間の思い通りにはならない。それを教えてくれたのだから。
(本文400字)

6、「袖摺れ」なはずの島

画像6

「あんなにはっきりと見えるのか、しかし大きいなあ国後島は」北海道の知床半島を横断する道路で、登ってきたのが知床峠。西のウトロ側から東の羅臼(らうす)側に向かう途中に立ち寄る。

 北方領土がどういうものかは知っている。4つの島を巡っての日本とロシアの領土問題。その話題はときおりメディアを賑わすが、普段は意識することはない。しかしそのうちのひとつを肉眼で見ると不思議と違った考えに。

「あの距離だったら多分漁船でも簡単に行けそうだ」だが政治的な問題で、物理的な距離以上の隔たりがある。そして峠から半島の山道を下って到着した羅臼の町。海岸線沿いではっきりと見える国後の島影だ。

「しっかり見よう」と駐車できるところを見つけて車を置く。そしてもう一度島をじっくり見る。あらゆる問題がなければ「袖摺れ」(そですれ)と言ってもおかしくない近さ。「博多から韓国の釜山に行くより、はるかに近いのに」と思わずため息をついた。
(本文400文字)

7、霧なき湖の青い「寧静」

画像8

 大きな海には荒々しく激しい波がある。だけど湖、特に山の上のカルデラ湖であれば、波が特に穏やかで静かだ。比較すれば後者こそ「寧静」(ねいせい)という言葉にぴったり。

 そして今、目の前にある無料の第三展望台から眺める摩周湖は、アイヌ語で「カムイトー」と呼ばれし神の湖。これは北海道に数多くある湖のなかでも、特に神秘的な霧に覆われることが多い。なのにこの日、霧ひとつなく、空は晴れ渡り、湖面全体が透き通ったブルーの姿。日本最高の透明度があるのだ。展望台から湖面までは平均45度の急斜面。まるで人が来るのを拒んでいるかのよう。

 だが上から眺めているだけで、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、場合によっては味覚も含めた五感すべてに安らぎを得られるような静かな空間。これは神の恵み。許されるのであればこの場に居続け、満天の星空が現れるのを待ち続けたいものだ。だがスケジュールと言う制約に敗れ、名残惜しく展望台を降りて行った。
(本文399文字)

8、北海の恵みで「喉鼓」

画像9

「これはすごい、ガンガン食べるぞ!」と、思わず喉鼓(のどつづみ)の状況が目の前にあった。温泉旅館のディナータイムは、ビユッフェバイキング。北海道の海の幸も山の幸もそろい踏み。特にうれしいのはイクラの食べ放題。

「即席のイクラ丼を作ろう」と、どんぶりにご飯を入れてイクラをガンガン乗せていく。それだけで十分なごちそうだ。朱色のいくらは一粒ごとに輝きがあり、眺めているだけで食欲をそそる。

「早く食べないと喉が鳴りそうだ」と言って口に含む。弾力ある薄皮が破れたときに、口の中に入り込むイクラの液状から醸し出す塩味。十分な旨味が口の中を覆う。「うまい、うまい」と口に出すも中に入るいくら丼の量が上回る。

 さて10分も立たない間にどんぶりいっぱいのイクラ丼は底をつく。ところがこのときミスに気付く。すでに十分に胃袋が膨らむ。せっかくのバイキングなのに、ほとんどのものが食べられないまま終わってしまったのだ。
(本文400字)

9、「萌芽」という名の出航

画像10

 北海道・釧路の夜、明るいものがあると来たら漁船が停泊。その横に屋台小屋のような炉端の店がある。「炉端行くなら繁華街の名店かしら」と横からのつぶやき。

 漁船とその前に停泊しているのは、工業用の運搬船だろうか。同じに見えても装備の違いがあり面白い。「港に停泊している船は、いつ萌芽(ほうが)と言う出航をするのかしら」と再度のつぶやき。

 横で聞きながら「確かに」と思った。出航は夜中だろうか、対象が魚にせよ工業用品にせよ、新しい存在を運ぶ船。中の人にとっては同じことの繰り返しだろう。だが一期一会の旅人にとっては、その存在だけでも強いインパクト。

「明日の朝は市場に行かないといけないな」水揚げされたばかりの魚介類は、今現在生命体として活動している存在だ。漁で捕獲され市場に。そして時空を超えて口に入る。それができるのは目の前の船のおかげ。旅人は美味しいものを求めてきているのだ。だから感謝の気持ちで眺めよう。
(本文399字)

10、「催花雨」を思いながら

画像7

「雨が降ってきたな。車に戻ろう」どんどん冬に向かってきているのか、旅先・北海道で受ける雨の水は、いつもより冷たい。「もうじき雪に変わるかもね」「いや先にみぞれだろう」同行者とくだらない予想をする。車のエンジンを入れ暖房が動き出す。少し濡れた体が温まる。

「ふう、これが『催花雨』(さいかう)だったらもう少し外にいられたのに」「え?」
「春雨は濡れていこうというじゃないか」
「ああ、春の雨か、温かくなるからね」「そう、春の雨は花の咲くのを促すようなもの。花だけではない野菜や木とかの生育には必要だ」
「でも、これからも間違いではないかもよ」と不思議なことを言う。
「冬の花?イメージ湧かないな。寒梅か?」

「いいえあれ」とあるところを指さす同行者。みれば遠くに見える山の先が白く見えなくもない。「雪?」
「山を白くするものを花と見立てれば、これから降る雪は」と聞いて思わず鼻で笑った。物は取りようだなと。
(本文400字)


11、「睦ぶ」あいだで選ぶ土産物

画像11

 旅は楽しいもの。だがあらゆるものがそうであるように、終わるときがくる。北海道の旅路もクライマックス。「土産を買うときはコスパを意識しようね」同行者は新千歳空港へ向かう帰り道、地元の人が使うスーパーに立ち寄りたいといった。

 そこには本州以南と同じものがもちろんある。だけどオリジナリティな食材に溢れているのだ。羊肉、鮭そしてイクラ。それらの食材が非常にリーズナブルに、さらに多くの量であふれている。

「さてどれがよいのだろう」買いたいものは数多くあるが、それは限られている。いくら機内の預け荷物で、それなりの重量を用意してもだ。「あれは必要」「いや、これはいらん」と取捨選択のひととき。

 こうしてレジで精算を済ませ店を出る。あとは空港に向かうのみ。最後かもしれないレンタカーのエンジン点火。動かすもあとわずか。「えぞ鹿無くて残念ね」個室の車内でそんな会話が飛ぶ。それは「睦ぶ(むつぶ)」関係だからに相違ない。
(本文400字)


こちらの企画に参加してみました。

※各キーワードの意味(引用)
「已己巳己」(いこみき)・・・(字形が似ていることから)互いに似ているもののたとえ。
「弥立つ」(いやたつ)・・・いよいよ心を奮い立たせる。
「色節」(いろふし)・・・晴れがましい行事。
「生一本」(きいっぽん)・・・心がまっすぐで一途に物事に打ち込んでいくさま。
「気散じ」(きさんじ)・・・気晴らし。
「催花雨」(さいかう)・・・春、花の咲くのを促すように降る雨。
「袖摺れ」(そですれ)・・・袖がふれあうほどの近い関係。
「寧静」(ねいせい)・・・世の中が平穏なこと。心が安らかで落ち着いていること。
「喉鼓」(のどつづみ)・・・食欲が盛んに起こること。喉が鳴ること。
「萌芽」(ほうが)・・・物事がはじまること。
「睦ぶ」(むつぶ)・・・仲良くする。むつまじくする。

※1本400字以内と短めで物足りなかったので、11本全部考えてまとめて投稿してみました。(それぞれ独立した作品ですが、つないでも楽しめるかと思います)

※ なお画像はノンフィクションですが、文章はフィクションです。


こちらもよろしくお願いします。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 301

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #旅 #旅する日本語 #北海道 #已己巳己 #弥立つ #色節 #生一本 #気散じ #催花雨 #袖摺れ #寧静 #喉鼓 #萌芽 #睦ぶ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?