噴水から何が出てきた? 第576話・8.21

「あ、まずい、もうこんな時間」
 昨夜は蚊のしつこい攻撃に悩まされた、女子大生の摩耶。彼女は眠い目と痒い患部に苦しめながらあわただしく出発。午前中は大学に行った。そしてその帰り道。時間との戦いを行った朝とは違い気持ちに余裕がある。また天気も良く空は晴れ晴れとしていた。特に何か良いことがあったわけでもないのに、晴れ晴れとした気分。不思議と気持ちがウキウキして仕方がない。
「さて、この後は、だれか暇な子いるかな」帰り道には公園があるので、そこに入る、ちょうど公園の真ん中には噴水があった。摩耶はその前まで来ると、目の前のベンチに座る。そしてスマホを手に、だれか暇そうな友達を呼びだす。
 噴水はそんな摩耶の前で、この日もいつものように水を出し続けている。数個の水の吹き出し口があり、高さ数メートルまで噴出して落下していく水。太陽に照らされた輝きが反射して、昼間の明るさに負けじと光の粒子を湧き起こしている。

「あ、紗香は空いてるの。やったぁ」摩耶はようやく遊び相手を見つけると、今いる公園の噴水の前にいるとメッセージ。すぐにOKのスタンプが戻ってきた。

「さてと、そのうち来るか」摩耶は引き続きスマホの操作をする。目の前には普通に噴水が水を出していたが、ふと摩耶が見たとき、その噴水の動きになぜか異変を感じた。
「あれ、これってこんなんだっけ」摩耶は記憶をたどりながら噴水のイメージを読み戻そうとしたが、普段特に意識していないので、よくわからない。「ま、いいか。そういえばあんまり噴水見ないね」
 いつしかスマホを見るのを止めて噴水を眺める摩耶。特に何もないと思っていたが、どうも不思議な気がした。
 それは、噴水の高さ。高く舞い上がったり、少し大人しくなったりする。「これってこういう物だったんだ」全く知らない摩耶。この広場の前は大学との往復で、何度も前を通った場所なのに妙に気になってきた。

 すると突然噴水の水量が勢いを増す。水の量が倍増している。普段上昇中は、透明な一筋の水の線のみ。やがて放物線を描くようにカーブを取り、重力に従うように落下。その際に水玉がかき混ぜられたような白い色の水に光が混じっていた。だがこのときは上昇する段階で白い攪拌したかのような勢いのある水流。そして水量が多いためか、噴水の水が太い。
「へえ、噴水ショーでも始まるのかしら」摩耶は面白そうに眺めていた。だがその水量はとどまらずどんどん強くなる。バラバラで噴き出していた水が、一緒になりひとつの大きな水流のように見えた。さらにその勢いは噴水の外にも影響して摩耶の体に水が当たる。

「ちょっと、すごいけど、冷たい!」摩耶はベンチから立ち上がり、少し離れた。すると今度は噴水の高さが3倍程度にまで上がる。「ええ、マジで、何!」
 摩耶はこの噴水に恐怖を感じた。すると噴水の真ん中あたりが妙に丸くなり大きくなっている。
「なんか、これ気持ち悪い」摩耶は少しずつ後ずさり。
 ついに突然爆発したように水の塊が四方に飛び散った。「ちょっと、ええ!」思わず声を出した摩耶。そこに黒っぽい影が現れた。
「え、何、ちょっと逃げよう」摩耶は慌てて逃げる、するとその黒い影は摩耶めがけて向ってきた。「何でこっち来るの、やめて」摩耶は走る。しかし黒い影は摩耶のはるか上空を通過。「え?」そして摩耶の前に現れた。「え?何 何で」見ると体調が1・2メートルもあろうかという大きな虫、そして長い脚は白と黒の縞模様。そして黒い目と胴体。黒いがおなかの中が赤いのだ。

「え、これって、まさか?」摩耶が直感した存在。そしてそれはその存在同様に羽を震わせて、あの夜に飛び回って最大限に不快にした周波数を発した蚊である。「キャー化け物!」摩耶は持っていたバックで顔を隠す。巨大な蚊は摩耶めがけて突っ込んでくる。寸前で摩耶は少しでも抵抗しようと、持っていたハンドバッグを振り回した。それが蚊の頭部に直撃。怯んだ巨大蚊は、上を向いた。摩耶はもう一度バッグを振り回すと、バッグの金具の鋭いところが蚊の腹を直撃。すると腹は破れ、その中に溜まっていた鮮血が摩耶に向かって飛んできた。「ギャー」

ーーーー

「摩耶!」気がつくとそこにいたのは紗香。「何やってるの? 人を呼び出しておいて、ベンチで気持ちよく寝ているし、それで起こしたら突然大声出すし」
「夢か!」我に返った摩耶。目の前の噴水はいつもの調子で噴出していた。
「大丈夫? 突然うなされてたけど、嫌なことあったの」心配そうな紗香。
「ううん、大丈夫。何でもない」と平静を装う摩耶だが、ひとつだけ動揺した。なぜか紗香の着ているTシャツに、蚊のイラストが描かれてる。
「あ、これね。イラストは確かにアレだけど、このシャツ、蚊よけ成分入りなんだって。本当かしら」と笑う。合わせるように摩耶も少し顔を引きつらせながら笑った。

「で、紗香、どこ行こうか?」「え、摩耶何も決めてないの? そうだ、近くのカフェに行く? 今話題のパーフェクトコーヒーが、ここから5分のとこにあるわ」「あ、パーフェクト! 行く行く」ふたりは噴水を後にする。
 紗香が公園の入り口で何かを見つけた。「あ、あそこに献血の車が止まってるわね」「え、け、献血? 今日はいい」
「へえ、いつも献血とか積極的にする摩耶が珍しいわね」「う、うん、ちょっと血とか今は嫌なの」摩耶は先ほどの夢のトラウマがまだ引きずっていた。
「ねえ、紗香」途中で立ち止まった摩耶、後ろを振り向く。「何?」「例えばさ、あれ」「え?」
 摩耶は遠くに離れた噴水を指さした。「あの噴水がどうしたの?」
「もしあの噴水の水が突然大きくなって、中から何か出てきたらどうする?」
 摩耶が頓珍漢なことを聞いてきたので首をかしげる紗香。「は? さあ、ありえないし、もしそうなったらそのときに考えるかな」と適当にあしらう。
 摩耶はもう一度噴水を見る。そして何事もなく水を出し続けている噴水を確認すると、ようやく安心して歩き出すのだった。


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