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おすすめグルメは集合住宅の裏 第636話・10.20

「本当に急に冷え込んだわ」番田麻衣子は、少しずつ紅葉し始めている街路樹を見ながらつぶやいた。「ということは、今夜は鍋かな」今日は仕事のシフトが休みということもあり、昼間から買い物のために外に出ていた。
 休日ならいつも通うところは決まっている。そこは大手スーパーの入っているショッピングセンター。ところが突然麻衣子の後ろから声が聞こえる。
「番田さん、せっかくの秋の味覚にスーパーですか?」
麻衣子が、振り返ると、黒縁メガネで野球帽を深々とかぶった男がいた。
「え、あなたは?」「あ、失礼しました。私はこういうものです」と男が 麻衣子に名刺を手渡す。名刺には『大仲酒販代表 大仲栗彦』と書いていた。「え、どうして私のことを?」「ああ、僕は久留生君の同級生です。久留生君にこの前、番田さんが写っている写真を見せてもらったのですぐにわかりました」

「あ、ああ」麻衣子は、話しかけてきた栗彦が同棲している久留生昭二の高校の同級生だと知って安心した。「名刺にも書いていますが私はキノコの研究もしていまして」麻衣子はもう一度名刺を刷る。たしかに『キノコ博士』という肩書があった。
「どうですか、今から僕はキノコを採りに行くんですよ。どうせ秋の味覚を楽しむのなら、山で生えているキノコがいいですよ」
「でも、ここは町中だし......」「いえいえ、そこに裏山がありますよ」と栗彦が指さす。「え?」 麻衣子が見ると、集合住宅の間に、緑が多い茂る小さな山が見える。「こんなところに山が! そうか素通りしてたから気づかなかった」

 こうして麻衣子は、栗彦についていくことにした。集合住宅の間を通っていくと、公園になっていて、そこから山道がある。「ここから入っていけますよ」と、栗彦はどんどん山道を歩いていく。
「あ、さっそく見つけましたよ」10分も歩かないうちに栗彦は、キノコを発見した。「これはシメジかな、それと、ほうシイタケがこんなところに......」山道を歩きながら、次々と食用になるキノコを探しては抜いていく栗彦。

「大仲さんすごいですね。でもキノコって毒がある」「はい、ですから専門知識のない素人が取ったら絶対ダメです。私は代々酒屋の家なんですが、家を継ぐ前の学生時代はキノコに興味がありまして、実はこの山も先祖から受け継いだものだったから、余計に興味がわきました。ついに専門研究するために大学院まで行って博士号もとりました。だからわかるんです」と得意げに語る。
「あの『キノコ博士』って本当だったんだ」麻衣子は改めて栗彦を見た。確かに頭がよさそうだ。

「あの、これはどうですか?」麻衣子も負けじと探していたが、なかなか見つからない。それでもようやく木の根元近くにあるキノコを見つけた。栗彦は、キノコを見ると驚きのあまり目を見開く。
「え、松茸!まさかこんなところに」嬉しそうにキノコを採る。そしてじっくり眺めると「間違いありません、番田さんやりましたね。松茸ですよ。さすがに僕も、これがここに生えていたとは驚きました」栗彦も嬉しそうに笑った。

「そろそろ山を降りましょう」栗彦に従うように山を下りる麻衣子。そろそろ日が沈みかけようとしていた。持ってきた袋には松茸を始めいろんな種類のキノコが入っている。
「大仲さん、本当にありがとうございます」
「疲れたでしょうこれでもどうぞ」と、栗彦は小瓶に入ったドリンクを渡してくれる。「ありがとうございます」と言って麻衣子は口に含む。ところが想像をしていない辛い味わい。「う、これってお酒ですか!」と言ってその場で吐いた。
「ええ、うちが扱っている大吟醸酒のサンプルです」麻衣子は顔色を変えると「あ、あのう私お酒は全然ダメなんです」
 それを聞いて慌てて頭を下げる栗彦。「そ、そうでしたか、残念。久留生君が酒好きなので、飲めるものだと思っていました。人気のお酒だったもので、ああ、申し訳ない」と何度も謝る栗彦。

「ごめんなさい。あのう、私帰らないと。すみません」すでに顔が赤くなった麻衣子は、少し逃げるように栗彦と分かれた。帰り道も少しふらついている気がする。麻衣子は本当に酒がダメなのだ。
 家に帰ると、その場ですぐに少し横になって体調を整える。

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 夜になって、体調が戻った麻衣子はさっそくとってきたキノコで鍋の支度を始めた。鍋なので調理はしない。せいぜい裏山で採ってきたキノコを念入りに洗って食べやすい大きさに切るくらいだ。
 しばらくして昭二が帰ってきた。そこに先ほどの栗彦もいるではないか。「あ、大仲さん! ごめんなさい。お礼を言わないといけないのに私慌てて帰ってしまって」
 麻衣子は慌てて頭を下げる。
「私こと先ほどは、無知で本当に失礼しました。お詫びにと」と言って肉の入った袋を麻衣子に手渡す。「大仲君が、麻衣子へのお詫びにイノシシの肉を持ってきてくれたんだ。今晩はこれとキノコで鍋をしたらどうかな」と嬉しそうな昭二。
「え、あとこれも」と栗彦は一升瓶も持っていた。

 結局三人で鍋をつつくことに。昭二と栗彦は酒を飲みながら延々と会話を楽しんでいた。その横で麻衣子は黙々と、キノコとイノシシを食べる。「あ、これは......私が食べちゃお」そして、自分が山で見つけた松茸を、口に運ぶのだった。



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