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囲碁を打てるのか 第712話・1.05

「ここでいいかな」江藤の元には、先ほど届いた荷物がある。これは囲碁のセット。別に江藤が欲しくて囲碁のセットを買ったというわけではない。
 安く譲り受けたもの。実は江藤の友達が囲碁のセットをネットで買ったらしいが、その際、誤って2個買い物かごに入っていたそうだ。元々ネットのやり取りが苦手な情弱と呼ばれる部類に入る友達。購入が確定してから気づいたが、キャンセルするやり方も知らないからそのまま放置したそうで、結局2セット買ってしまう。

「返品してもいいけど、面倒だからな。お前囲碁勉強しないか?これ半額にするよ」と、友達に言われた江藤。自らは買おうと思わないが「もしかして、あいつみたいに囲碁が趣味にできるチャンスかも」と、買い取ることにした。江藤はその友達を情弱という面では全く評価しないが、囲碁の打ちてとして、素人の間ではそこそこ強い友達の姿に、密かにあこがれていた。

 こうして販売価格の半額で手に入れた囲碁のセット。パッケージを開けるとやけに厚みがある囲碁盤があり、白と黒の石がそれぞれびっしりと詰まった碁笥(ごけ)があった。こちらも木でできていて和の雰囲気に満ちている。

「この盤のマス目から、碁盤の目の町とかいうもんな」江藤はこれまで囲碁などしたことがなかった。だから細かいところひとつひとつが気になって仕方がない。
 しばらく囲碁盤と、碁笥に入った白と黒の碁石を物珍しそうに眺めていた江藤。ここで試しに打ちたくなった。
「やってみようかな」胡坐をかいていた江藤は座り直して正座になる。そして背筋を伸ばすと大きく深呼吸。利き手を碁笥からまず黒い碁石を取り出した。そしてしっかりと碁盤を見る。そのまま見様見真似で碁石をど真ん中に打ち込んだ。その瞬間碁石と碁盤が衝突したときの音、引き締まるような木と石がはじける音が部屋に響いた。
「うん、いい、よし次は」今度は白い方の石を手にした。同じように手を盤の上にまで持ってくると、そのまま手を下げる。そして白い石も碁盤と衝突。先ほどと同じ音が鳴り響く。白い石は黒い石の真横に打った。

ここで後から物音が聞こえる。江藤はすぐに振り向いた。「エドワード何しているの?」入ってきたのは金髪の英国人女性パートナーのジェーンだ。「ああ、ジェーンこれ何か知ってる?」「エドワード、知っているわ。囲碁でしょ」
 エドワードと呼ばれた江藤は次に「打ち方は?」と聞いてみた。すると驚いたことに「知ってるわ」というではないか。

「おまえ、ジェーン、囲碁知っているの」「うん、何度かやったことあるかな。エドワードは?」「いや、知らない」
 それを聞いたジェーンは少し驚いた表情。「知らないのに買ったの?これ高いよ」「いや、実は」江藤はこの囲碁セットを手に入れたいきさつをジェーンに話す。
「へえ、半額。それでも結構したでしょう」「う、うん、でもこういう和的なものが欲しかったから、ちょうどよかったよ。ジェーンも打ち方知っているなら練習しようか。「OK! Let's do it.」と、ネイティブな英語で返事をするジェーン。

「よし、ジェーンどうやるの」江藤の質問に小さくうなづいたジェーンは碁盤を眺めた。碁盤の真ん中には、黒い石と白い石が並んでいる。ジェーンは黒い碁石を取り出すと、元あった黒い石の斜め横、そして白い石を囲むように置いた。ジェーンは江藤のように思いっきり打たず、静かに置いたので音はしない。

「ジェーンは黒だな俺は白、そしたら俺はどこに置いたらいいんだ。「白い石と並んでいるところね。黒い石を挟んだらダメ」とジェーン。
「それって......」江藤はイメージしているものと違う気がした。本来の囲碁なら真ん中からはスタートしないはず。とはいえ先に真ん中に置いてしまっていた以上余計なことは言えない。江藤はジェーンが言うように、白い石と並んでいるところ。斜めに置かれている黒い石と並行して白い石を斜めに置く。ここでも江藤は勢いよく石を打った。「いいねえ、ジェーンも思いっきり打ってみたら」

 次はジェーンの番だ。ジェーンは黒石を持つと、江藤の真似をして思いっきり打った。今度は盤にぶつかった衝撃音が、引き締まる音として反響。ジェーンは先ほど同様に斜めに並べるように石を置く。江藤は首をかしげながら白い石を同じように並行して斜めに置いた。このときジェーンの表情が一瞬緩んだ気がしたが、江藤はあまり気にならない。
 次はジェーン、同じように黒石を音を鳴らして打った。するとまた同じように斜めに黒い石が4つ並んでいる。そして江藤が白石を持つと、ジェーンの表情が嬉しそうだ。「ジェーンの気味が悪いが、まあいいや」と気にしない江藤はジェーンと同じように斜めに石を置く。するとジェーンは「勝った!」と大声を出して、黒石を打つ。すると黒い石は碁盤に斜めに5つ並んだ。

「え、これって?」「そうよ、石を縦横斜めに5個並べたら勝ち。私が3つ並べた時点で、エドワードが邪魔をするように私の石のどちらかの端を置かないといけないのに、私と一緒にしているから、そのあと4つ並んだ時点で勝利が確定。つまりそのあと、片方を抑えても、もう片方が抑えられないから5つ並ぶから勝てるの。クッゥクク!」と、とにかく嬉しそう。

 江藤はこのとき分かった。「ジェーン、これ五目並べだよ。それは俺も知ってるって、じゃなくて囲碁、もっと多くの石を並べるの」というとジェーンは、「え、囲碁ってこれじゃないの? だったら知らない」と言って部屋を後にする。

 残された江藤「なんかキツネに騙されたみたいだ。というか、囲碁どうやって習おうか」と、碁盤を前に小さくため息をつくのだった。



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