今こんな気分 第1144話・4.8
「実際に夢や異世界で見たものかどうかはわからないって？」人生相談に来られた女性が唐突なことを言うので、相談員の山田は戸惑った、「そんなん言われても知らんし」と、思わず心の中で呟く。
女性は話を続ける。山田は相談員として、女性がありえないようなことを言ったとしてもそれを聞かなければならない。もし「バカ」にしようものなら相談に来た女性はその場ですぐに心を閉ざし、二度と相談に乗ることができないであろう。
山田はただ女性の話をうなづきながら聞く。顔の表情は真顔ではあるが心の中は違う。
「信じてもらいないのかもしれませんが、実際に見たのです。あれが現実世界に本当にあったものか、異世界の何か、幻か、その区別はつきません」
女性は淡々と語る。山田はただうなづくしかできない。
だが山田は徐々に女性の話に入り込んでしまったようだ。この女性には特殊な話術、例えばマインドコントロール的な素養があるのかもしれない。なぜならば、当初はあり得ない奇想天外の話と思っていたのに、話を聞いているうちに、山田は本当にそういうものが実在しているような気がしてきたのだ。
「もし、そんな世界が...…」山田は心の中で自問自答したが、今そんなことを考えている場合ではない。目の前の女性の相談に乗らないといけないのだ。「私はいったいどうすれば」女性は涙を浮かべて山田に訴える。
女性が言いたいことは、本人が見てしまった、謎の世界それが現実かどうかわからないが、その謎の世界に対してどう対処していいかわからないという。
ここで山田は「それはたぶん幻覚です」とはとても言えない。なぜならば山田自身もその世界が本当は存在するのではと、完全に女性のペースにはまってしまったからだ。
「うーん、すぐには解決しません。今はインターネットもあるので、可能な限り情報を探しましょう。私も時間があるときには探すの協力しますよ」
山田は何とも適当なことを言って女性を安心させる。女性のほうはというと山田に話し続けることでストレスが発散できたのか、最後は女性に笑顔が見えた。「また相談に乗ってください」そう言って女性は去っていく。
この後はごく普通の人生相談である。山田にとってはいつもの日常と変わらない。そんな日常の相談事に乗ることを繰り返しながら、女性の話が気になって仕方がない。
「嘘だとは思うが、一度調べてみようかな」
仕事が終わった帰り際、山田は帰りの電車を待っていた。山田はお昼から夜遅めのシフト勤務の為、すでに通勤電車はそれほど混んでいない。そこでスマホを片手に女性が言っていたとても存在するとは思えないキーワード、これは山田が密かにメモに取っていたものだが、それを順番に入れていく。
その多くは検索結果が「なし」とか、どういうわけか出てくるが明らかに無関係のページが出てくるだけである。ただひとつだけ出てきた。そのページを見ると都市伝説のようなものだったようだ。
「やっぱり嘘か、しかしあの女性は語り方で、見事にだまされたかもな」
山田はそう思いながら、久しぶりに近くの居酒屋に立ち寄って、軽く酒を飲む事にした。女性に振り回されたので気分的にリラックスしようというわけだ。すると店に入れば偶然にも友達がいて、そこで想定外の飲み会にになってしまう。夜遅くお店の閉店時間まで飲んでしまった。
山田は明らかに酔いながらの帰り道。少し足元をふらつかせながら近くの公園で休憩しようとベンチに座る。その時ふと女性の言っているキーワードのひとつを頭の中に思い出した。
「あ、あれねえ」その思い出したキーワードがやけに気になる。そこで検索すると、なんと出てきた。酒を飲む前には出てこなかったのに何かの情報が出てきたのだ。そのページを見るが、そのページはどこかよその国の文字のようで何を書いているのかわからない。
「何書いているんだこれ」と思って顔を向けると「え！」と酔いが一気に覚めた。一瞬得体のしれない何かが見えたが、それは一瞬だけでもう二度と出てこない。
「き、気味悪い！」山田はすぐに立ち上がり家に急いだ。今の不思議な出来事で見事に酔いがさめ、帰りは比較的まともなまままっすぐに家に帰る。
「なんなんだったんだあれ」一瞬見えたものは幻覚かもしれない。それから先ほど検索したものも酔っていたから適当な文字を入れていることに気づいた。
「うん、あ、もしかして」このとき山田は思い出す。相談に来た女性は一時期相当なアルコール依存症だったということだ。もうそれは改善してから相談に来たとは言っていた。だが当時の依存症が最もひどいときの幻覚の記憶が残っていたことを話したのではという気がするのだ。本当かどうかはもうわからない。
でも今の山田の気分は、そうしようと思った。
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