ゴールデンホール

「大器晩成アーティスト『ウコン・タカヤマ先生』が描かれた、至高の名作『ゴールデンホール』。これを先生監修の元陶板にて再現したものを、このパサイ・ミュージアムのロビーに展示することになり、本日ついに除幕式の運びとなりました」

 この日はマスコミを呼び、陶板の除幕式。その場所には白い幕がかかっている。司会者の女性が張り上げる声の横では、ミュージアムの館長と陶板作家、そして原画を制作したウコンの姿があった。
 司会は最初に館長の挨拶を紹介する。ごま塩の髪をオールバックで肩まで伸ばした風貌。そして口ひげ、さらに和服姿と威厳あるいでたちの館長は、マイク越しの大声で自画自賛を始めた。

 ウコンらはその話を退屈そうに聞いていたが、その横でこの日呼ばれたマスコミ陣の囁きが聞こえてくる。
「ウコン・タカヤマ。60歳台にして突然現れた、遅咲きの画家か。確か64歳だよな、それにしては実年齢より随分老いていないか」取材に来ていて前のほうの席に座っていたマスコミの先輩記者が、横にいる後輩記者に語りかけた。
「そうですね、彼はフィリピンに住んでいたそうですが、イメージでは太陽の日差しが、強そうですから多少は関係あるかも知れません」
「かもな。それにしても戦国武将のような力強さがあるな。だからウコン・タカヤマか」

 先輩記者は苦笑のような笑い顔を、後輩記者に見せる。ウコンが気にしていることも知らずに。
「でもさ、歴史上の有名人の名前なんて使うってどうなんだろう」「まあ彼はクリスチャンらしいですから、フィリピンとも縁のあるキリシタンの戦国大名・高山右近の名前を使っての活動は頷けます」
「だけど、俺は嫌だな。本人がそんなことを知ったら、どんな気持ちになるのだろう。死人に口なしとでもいいたいのだろう。完全なパクリだよ」先輩記者はそういって腕を組む。

「ふ、歴史上の人物のパクリか。誰も俺のことなど信じないから、別にパクリでも良いさ」ウコンは頭の中でつぶやいた。彼は誰も理解できない過去を持っている。それを誰にも話せないことが辛い。だがそれは致し方の無いこと。そのためか定期的に、かつての記憶がよみがえる。今そのタイミングを迎えた。

ーーーー
「高山殿、呂宋島(ルソン)は間もなくでございますぞ」内藤如安は、高山右近に話しかけた。

 時は1614(慶長19)年、キリシタン大名・高山右近は、徳川家康のキリシタン国外追放令を受け、潜伏していた金沢から長崎に移動。
 そして現在のフィリピン・マニラに向かう船上にいた。同じ船には同様にキリシタンという理由で追放が決まった内藤如安が乗船している。

「内藤殿、我ら戦国の世にいたためか、神の教えが一気に広まった。信長様は寛容だったが、秀吉様の時代から雲行きが怪しくなってしまう。だが一番の問題児は家康だ!」高山の語調が強くなる。
「仕方がありませぬ。あの狸、気が付けば天下を取ってしまわれた。そして神の教えを日本から追放させてしまうとは...... あの者の正体は悪魔としか」
「悪魔なら必ず滅びる。我らは神の教えを信じそれに従うまでのこと。もうよい。それより新天地の話をしようじゃないか」高山は内藤を窘めた。

 呂宋に到着した高山と内藤は現地の人たちに歓迎を受ける。当時はスペインの支配下にあり、キリスト教の教えが広まっていた。その人たちが歓迎する。元気に応じる内藤に対して高山の調子はどうもすぐれない。
「神の御もとに行く日が近いのかもしれない」と悟った。

 だがそんな高山は到着してしばらくすると、現地の若者が描いている絵に目を引く。
「これは素晴らしい」
「ソレハ、ワタシガカキマシタ」と現地の若者。短期間だが船の中で教わったこともあり、高山は現地の言葉を多少理解している。

「そなたがこの絵を」高山は息をのんだ。目玉のような大きな黄金の円。「これは月だろうか、はては太陽か」高山はこの絵をずっと眺めたくて仕方がなかった。この若者が意図したかどうかわからないが、黄金の円は細かい縁が幾重にも描かれていて、渦を巻いているようにも見える。そしてそれに向かっていろんなものが吸い込まれているかのような絵。まるでゴールデンホール。

「これは、神の国の入り口を描いたのか」高山は質問した。
「ハイ、カミノクニ ニ ツウジル アナヲ イメージシテ カキマシタ」
「神の国か」高山はつぶやきながら若者が描いた絵を眺める。黄金のサークルは、空間にできた穴なのだろうか? その穴の先にあるのが神の国......。だが高山はある疑問を若者にぶつける。
「この絵は素晴らしいが、ひとつ気になる。なぜ黄金の穴に吸い込まれているのじゃ」
 青年は高山の質問に若者は。「ミンナガ カミノクニ ニ、イケルヨウニ  ミンナ、スイコマレテ ブジニイケマスヨウニ」と答えた。

高山は何度もうなづく「私はおそらくあまり長くはない。この絵をワシでも書けるだろうか」「カケマス、スコシレンシュウヲスレバ、カナラズ」
 この日から高山右近は、現地の青年により絵を習う。

 だが、それからしばらくたち、熱心な高山と青年の指導により個性豊かな絵が描けるようになったある日の夜。
 日本では見られない星を見ようと高山は内藤を誘って近くの浜辺に出た。この星とは今でいう南十字星。日本では沖縄の果て・波照間島でのみ見られるとされるこの星もフィリピンでは普通にみられる。

「あれだな」静かな夜の浜辺、満天の星空とときおり聞こえる静かな波の音。高山は南十字星を指さした。「おお、これが日本では見られぬ南国の星」内藤は指をさす方向を眺めながら南十字星の美しさに見とれていた。
「内藤殿、現地の生活は慣れましたかな」満天の星空を眺めながら質問する。「おかげさまで高山殿は」「まあワシは体力が日々衰えている気がするがどうにか」
「なんと弱気なこと」心配そうな内藤。「うん?」
高山は突然ある方向に指さす。
「内藤殿、あれを見られよ」「あれは、月?」
 内藤は当初月だと思ったが様子がおかしい。月よりも数倍も大きなサークル。黄金の光を発しているが、太陽ほど強くはない。そして何よりも不気味なのはその黄金のサークルが渦巻いていてさらに星がその方向に吸い込まれているように見えるのだ。
 赤、白、緑、そして紫...... いろんな帯が。その黄金の穴に吸い込まれているかのよう。空間の穴は一体どこに通じているのかわからない。

「若者の描いた絵とそっくりだ。ということはあの黄金の穴にあらゆるものが吸い込まれている。もしやあれこそが『神の御国?』」
 内藤は高山がつぶやいていることが理解できない。すると突然突風が浜辺を揺らす。見ると海水の一部や浜辺の木の葉、さらには砂ぼこりが舞いはじめ、それらがどんどん巻き上がるように黄金の穴に向かっていた。
「高山殿、ここは危険です。はやく離れられよ」内藤はは慌てて後ろの木の陰に隠れる。しかし高山は動かない。
「内藤殿、わが身これ以上この地にさらすも無意味。あの黄金の穴は神の国への入り口と認識した。このまま神の御もとに向かう。さらばじゃ」

「た、高山殿......」「あとはそちに任せた!」右近はこの言葉を残すと、体が宙に上がる。そして黄金の穴に吸い込まれるように体が上昇していく。やがてその姿が消える。高山は穴に吸い込まれたようだ。その瞬間、風は止み、黄金の穴も消滅。

「高山殿、いち早くいかれてしもうたか。だがこの内藤如安、まだやり残していることがござる」
 こうして高山右近は姿が突然消えた。マニラで病死ということで記録が残される。享年63歳。そして内藤はその後10年以上もマニラの地で生き残り、後に日本人町。サンミゲルを構築したという。

ーーーー

 ゴールデンホールに入った高山右近であるが、この穴は時空につながっていた。そして彼はそのまま未来に転送されてしまう。それが21世紀の日本。
 突然転送されたので、最初はわけもわからない高山であった。
 だが「あなた凄い! 本物みたいなコスプレ」と偶然に居合わせた歴史ファンに助けられる。
 やがてこの時代の空気に慣れていくうちに、元気を取り戻した高山は、かつて若者に習った絵を描き始めた。そしてあの穴、ゴールデンホールを完成させる。「若者の真似とはいえ、我ながら描けた」親しくなった歴史ファンたちの力もあり、その存在がクローズアップされた。

 そして1年後、64歳にしてついにその絵が日の目を見る。
 名前をウコン・タカヤマとして、様々なコンテストで受賞しその存在感を現した絵こそが、この日陶板にもなった『ゴールデンホール』なのだ。


ーーーーー
「ウコンさん ウコン・タカヤマさん!」司会者の声に我に返るウコン。
「あ、ご挨拶を」口元が緩んで笑顔なのに目の奥からの視線が厳しい司会者。ウコンはそれを見て慌てながら、立ち上がりいったん姿勢を正す。そして大きく深呼吸をしてから挨拶をするのだった。

※次の企画募集中
 ↓ 

皆さんの画像をお借りします

こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます

https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 426/1000

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #ゴールデンホール #高山右近 #フィリピン #南十字星 #マニラ

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?